インド vol.1

いつもと変わらない日常生活を送る。昼が顔を覗かせ、また夜が眠る。知らず知らずに体にまとわりつき、シャワーでは落としきれないアカが溜まる。いつもの道を通り、いつもと変わらない場所にたどり着く。しかし、知らない世界を知る事で、見た事の無いものを見る事で、新しい自分を発見しそのアカを落とす。

そしてまた日常生活に戻る。するとその日常生活を送るメインキャストである自分の演技の幅は広がりを見せ、深みと味のある新たなパフォーマンスを見せるのではないかと思う。旅とはそんなスパイスをあたえてくれるものではないだろうか。

さまざまな場所へ人と旅立たせる発信基地から今回は東洋の異郷インドへ。インドで5泊し、世界の聖地ヒマラヤの麓の神秘の国ネパールへ2泊。約1週間のアジアの精神世界に飛び込む短い物語が始まった。

1泊目のホテルだけを押さえる。そのあとは導かれるままに過ごす。インドでの大きな筋書きは、首都デリーに一泊し、あとはリシケシに。現地の言葉でガンガーと呼ばれる世界的に有名なガンジス川の源流に近い街。山を2、3超えればヒマラヤという自然の中に生まれた観光地。世界中からその自然を見に、またはインドが発展させ昇華させたヨガを学びに人が集まる。

人類の歴史とは旅の歴史かもしれない。それは侵略でもあり、交易である。人が生まれ、人が集まり、街が生まれ、大きくしようと横の街を訪れる。そして自分の領土として侵略しその土地にしか無いものを得ようとする。しかし、知らない地を訪れる人々を必ず待ち受ける不思議がある。それが出会い。

旅は道連れ世は情け。

旅とはさまざまなトラブルや問題が必ず起きる。そのさまざまを共に経験するパートナーや、また乗り越えさせてくれるガイドがいれば旅が充実したものになる。そしてこの世は人情に溢れたいいものであると再確認できるという言葉。

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今回は残念ながら一人旅。そもそも、インドへ旅行に行くという事が今の日本では他の国に比べれば不人気みたいである。しかも精神世界の発展を見たいという旅の目的から自然に一人で行く流れになった。ゆえに道連れになってくれる相手を探すことは難しかった。そして一人で行きたいという傲慢もあった。

だが、世は情けという言葉は真実だと身を持って体験した。行く先々でさまざまな人が何もできない赤子の自分をあやしてくれた。人のつながりとは不思議なもので、インドへの旅が決まってから新たな縁が自分を導く。インドに住んでいたという人物に出会い、現地に住んでいる日本人を紹介してくれた。

デリーに着いた翌日、その日本人が親となって自分を世話してくれた。親とは本来自分の血が繋がった子供に対して無償の愛を注いでくれる存在。赤の他人である自分になぜかよくしてくれた。これこそが世は情けというもの。特に異郷の地を訪れた同郷の人間が困っているのを見ると自然に手を差し伸べたくなるのが人間なのかもしれない。その地をその時に訪れ、人と人が出会うという偶然がそうさせるのかもしれない。

とにかくリチャードと名乗るその日本人は何のコンパスも持たない自分のインドでの旅に指針を与えてくれた。安全な食べ物を与えてくれ、見るべきものを見してくれ、住むべきところを探してくれた。そこには感謝しかなく、ありがたい。施しは目に見えるものではなく、形に変えることは難しい。それを言葉にするには、言葉がなんと安っぽいものかと思ってしまうほどである。

しかしその恩は確実心に刻まれ、自分の明日からの人生の土台の糧となる。人生とはその恩返しの旅なのかもしれない。親に対しての、友人に対しての、恋人に対しての、自分に施してくれた赤の他人に対しての恩を返していく物語。本人に返す恩もあれば別の人間や団体に返すものなのかもしれない。だから人は人に優しくなるのかもしれない。その人生に苦難と恩恵があればあるほどに。

とにかくインドの始まりであるデリーの街は、リチャードの導きでインドという文化を知ることができた。もちろんその国の全てを知ることは住んでいても不可能。だがその片鱗や大枠を味わう事ができた。とにもかくにも短い旅の第一部が歓声と共に幕を開け、リチャードという名司会者が旅のシナリオにスパイスを与える脚本に修正を加えた。

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