第三の眼 the third eye

7つある体のチャクラ。
下から尾てい骨、下腹部・丹田、へそ、胸、喉、眉間・額、頭頂部の7つ。

その眉間・額に有る第6のチャクラ。ここに第三の眼があると言われている。本来人間には2つしか無いと言われている目。それに果たして3つ目があるのだろうか?

イメージとしてこれを見て欲しい。

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幽遊白書の飛影。

ただbesoが好きなだけの人気マンガのキャラ笑。やねんけど考えてみれば第三の眼の持ち主。

妖怪である飛影はまだまだ若い世代だったが妖怪の中でも強くなり始めた。しかし若かった彼は自分の心に驕りが出始めた。そして戦いに次ぐ戦いの日々に心のバランスも崩れ始めていた。そんな日々の中、母親の涙が結晶となった形見を無心に見つめる時間が長くなってきていた。それが癒しとなっていたのだ。

ある時不覚にもそれを無防備に眺めている時間に何者かが彼を襲った。そして大事にしていた形見をその戦いで失ってしまう。それが自分を生まれた直後に産み捨てた母親の形見であることもわかりながら。油断していた自分への戒めと、母親への復讐から飛影はこの涙を探す旅に出る。

探し物をするのに裏の世界でいい方法が有ることを聞いた飛影。よく見える第三の眼「邪眼」を移植することであった。強くなった能力を放棄しなければならず、さらには激痛を伴う施術に迷うことなく決断する。メインストーリーでは「邪眼」によって闇の力を手に入れる事になるが、本来の目的は探し物であった。

と、好きなマンガ紹介はこの辺にしておいて本題に。この世の中にもいろんなものが「視える」人と「視えない」人がいる。科学的に検証されている見るもしくは見えるという現象は目の水晶体で受けた光の刺激を脳で判断し視覚情報としてインプットされる。

しかし、未だ深くその機能が解明されていない松果体という器官が人間の脳にはある。場所は目の奥または額の奥で目の機能を持った脳内の器官であると言われている。もちろんここに光の刺激は行かないのでそこで見ることはできない。のだが、この松果体を自在に機能させる事が第三の眼を開眼させると言う人たちがいる。

一方、第三の眼を「心眼」と表現する人たちもいる。眼が見えなくなった盲目の人たち。彼らは人間が思っている視覚は無い。その事によって見える物があると言う。座頭市という映画しかり、ピアニストの辻井伸行さんしかり。視覚という5感のうちの一つが無くなったことによって他の器官が優れたり、無かった感覚が生まれる。

それを心で視るという表現をする人たちもいる。

要は視覚だけが見る器官というわけでは無いという事では無いかと言いたい。人間は目で見る動物である。しかし、コウモリや深海魚のように眼が機能してなくても代わりの器官を上手く機能させ、ぶつかったりせずに不自由なく生きている存在もある。

そして、神学や様々な教えの中ではよく、この心の眼や第三の眼で視よという教えが出てくる。目に見えるものが全てではないという教訓の意味合いがあるだろう。が、本当に第三の眼で視ろというメッセージもあるのではないかと思う。

あなたは今、目に見えてる物だけが真実だと思い込んでいないだろうか?

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