銀行その2

ほとんどのビジネスにおいて資金が必要。事務所の諸費用、物を作るならその制作費、人を動かすならその人件費。そういった費用が仕事によって得られる収入の前に手元に無い時に銀行が融資してくれる。それによってその会社は上手く商売が始まる。つまり銀行が機能しなくなったら多くの会社も商売が出来なくなってしまう。

でも、今回言いたいのはそういう銀行がどんな役割してるかと詳しく見るより、銀行がどんな経緯で発展して来たかを金融業という大枠で見てみる。そこにあるのはやっぱり国の支配者とお金の支配者の話。

世界史の一つとして、そもそも中世のヨーロッパで広くひろまったキリスト教。キリスト教ではお金を扱う事が汚らわしいという美徳があった。そのため迫害を受けて来たユダヤ人が金融業を押し付けられていた。そのためお金を貸して金利を取るという事自体がユダヤ人を独占するという流れが自然と成り立っていた。その背景にはやはり聖書が関係していて、そこには旧約と新約の違いが有りユダヤ人と現代で書いたみたいに、ユダヤ人が銀行の走りと言っても過言ではない。その理由は諸説ある。迫害を受けて来たという歴史やトーラーにある理念を守って来たからという部分もあると思う。

そこで、現代の経済のような「金本位制」が確立し始める。1694年にイギリスで出来た「イングランド銀行」。当時ヨーロッパではフランス対ヨーロッパ諸国の戦争、大同盟戦争が起きていた。その資金を集めるために出来たとされている。銀行の設立と同時に証券取引も開始された。オランダの東インド会社が1602年に株式会社化したのが株式会社の始まりでそっから約90年後の話。

 《「一六九四年、(ユダヤ人と共にオランダからやって来た)ウィリアム三世の政権は、財政的にかなりの窮地に立たされていた。そこでウィリアム・パターソン[born April, 1658 in Tinwald, Dumfries and Galloway, Scotland – died in Westminster, London, on January 22, 1719]という人物を筆頭とする金持ち連中の会社がウイリアム三世に〇・八パーセントの金利で一二〇万ポンドの融資を申し出たが、その条件として、彼らは、自分たちを称して言うところの「The Governor and Company of the Bank of England」(イングランド銀行の正式名称)に資本金相当額の銀行券発行権を認めるよう要求した。》

これは一九三四年に出版された『通貨の崩壊(The Breakdown of Money)』でクリストファー・ホリスが述べた引用である。

つまり、ウィリアム3世(オレンジ公ウィリアム)がイングランドに渡って来てからイングランドが一気に金融大国となった。王位継承問題に大きく揺れていたイングランドはウィリアム3世をイングランド王室に迎え入れ国を安定させようとした。そしてウィリアム3世はオランダで活躍していたソロモン・メディナというアムステルダムの金融界のドンを連れて来た。

その「イングランド銀行」も株式会社であり、その出資者はイングランド国王・女王や富豪達であった。イングランド銀行は国債を担保に銀行券を発行する。これが現代の紙幣の概念の誕生である。金利をもらえるという事で次々に預金者は殺到し世に紙幣が広がって行く。

この「金本位制」により軍事費の負担が減り、イングランドを世界に君臨する支配国家へと向かう拍車をかける事となった。さらにウィリアム3世の影響により一気にイングランドでユダヤ人が増え金融業も発展して行った。

銀行 その3に続く

要は国営のイングランド銀行が実はユダヤ人の経営による民間銀行によって始まったという銀行の起こりである。それを皮切りに、1696年には「スコットランド銀行」も誕生し、世界に銀行という概念が広がった。

そして、今現在その銀行業を支配している人々がいる。しかもそれは一族である。驚くべきそれは世界中の銀行のというところで有る。世の中に金が動けば動く程儲かる一族がいるという事である。

それがロスチャイルドである。多くの人々がその支配されている構造に気付いていない。もしくは気付いていてもそれを利用するか自分には関係の無い事だと思っている。しかし、確実にその問題は身近に迫っている。特に大恐慌が起きた時には本当に他人事ではなくなる。

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