進撃の巨人 VS ワンピース Vol.3 〜俯瞰〜

Vol.2の続き

二つの漫画でたどり着く真実がアカシックレコードレコードという考察をネット上などで見る。シャーマンキングの終わりにもそういう節がある。ブリーチもそうと言えそう。ナルトもそう。ややもするとハンターハンターもそう。BESOも同じイメージを抱いている。

人々全員が全ての歴史を知り真実を知る。自由にピラミッドの無い世界を生きる。天は人の上に人を作らず横一列に手をつなぎ、輪を作る社会を築く事を目的とするのがこれらの漫画の思想の大きなポイントに感じる。

Vol.3で言いたい事は、一歩引いた目線からも作品を見てほしい。という事。漫画でも映画でも。

考え方として、なぜその作品が流行っているのか、その作品を見る事によって人々がどう思うのかという事を製作した側、もしくは製作させている側が考えているかという事。

そこでBESOが感じるのが、大きな事から目を逸らさせて、もっと小さな物に固執してほしいというメッセージが雑誌や映画の編集社を通して黒幕から臭っている。という事。

わざわざ記事に書きたいと思う程今まであげた作品に尊敬と感激がある。それだけではなく、さらにそこから編集社・製作社の目線で考えたいと思う。

様々な種類の映像や音声が身近になった現代。これを使わない手は無い。と、言わんばかりに多くの会社やビジネスマンがこれでもかという程、ソーシャルメディなどを媒体に映像や作品を発信している。もともとはその中枢、テレビ・新聞・雑誌・映画を握っている人々が昔から考えていた事。それが一人一人ができるようになった時代。多くの人々は自分の利益のためにそれを駆使しようとしている。セミナーの告知、商品の宣伝、活動の広報。もちろん自由の為に動いている人もいるが比率は少ないのも事実。

その究極とも言えることは人々の思想の掌握では無いと思う。全員に同じ思想を持ってほしい。そうすれば支配というものがいとも簡単になる。

世界でも日本でも様々な事件が起きている。人々が科学技術の進化を遂げて実現可能なことが増えた結果事件も多様性を広げている。銃が生まれれば今まで無かった銃殺事件が生まれる。原子力が解明されれば原発事故や原爆事件が起きる。

そうなればなるほど情報統制というのが課題になる。残虐な事件や不都合など隠さなければなら無いことがあまりにも増えすぎる。新技術の開発に非人道的な開発や研究は付き物になってしまっている。そうなった時に思想を掌握できていると情報統制はいとも簡単になる。

そして今回のテーマである漫画・雑誌・映画を一歩引いた目線で考えて見る。

これらによって人々がこう思ってほしい、こう考えてほしいという内容が少なからずあると思えてなら無い。

最近の世界の注目の一つは宇宙開発。映画は顕著にそれが現れている。BESOもSF映画ファンになりつつ作品を楽しんでいる。漫画の傾向としてはニューエイジ思想と言われるこれらの陰謀論や支配論。が、そこには大きな落とし穴が前にある気がしてならない。

大きな流れとして東洋の時代に差し掛かっていると思う。その時代への逆行や扇動があるのではないかと。最近の日本人はテレビの見過ぎやスマホのゲームし過ぎが過ぎると感じている。

あまりにも最近同じような物が溢れ過ぎている気がする。人には人それぞれ役割があると思う。会社でも社会でも。しかし、最近は同じ物を見て、同じ服を着て、同じ思想をし始めている気がする。その元にはこういった流行りすぎた漫画や映画というものが原因の一つになっている気がする。

もっともっと独自の感性を、自分なりのユニークな世界観を出していってほしい。自分もそうしていきたいと最近強く思う。

まさしく、嘘の歴史やメディアから自由を勝ち取った人々として、自分らしい人生を生きてほしい。ライフスタイルを自分なりに見つけていく戦いを漫画の主人公のように生きていかなければならないと思う。

今回は進撃の巨人とワンピースがあまりにも似すぎているという点で違和感を感じた。あなたにはあなたの感想や感じ方があると思う。それを大切にしてほしいと願う。

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