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日本の輪郭が出来始め物語はいよいよその日本をどう治めていくかという話。つまりこれは言い換えるとどう日本を政治していくかという話でもある。

そしてVol.1でも言ったけど、意外にも争いの連続。覇権争いや兄弟喧嘩、女性を巡ったトラブル。人間味に溢れる話に聞こえる。が、Vol.2に行く前に少し《いざなぎ》と《いざなみ》の補足を。

2神は男女神として国と神を産む際に、

《いざなぎ》「私の身体の余っている部分で、あなたの身体のできあがっていない部分を塞いで、国土を生み出すというのは、どうですか?」
《いざなみ》「では私とあなたでこの天の御柱で廻り、出逢った所でその交わりを行うとしましょう。ですからあなたは右から廻ってください。私は左から廻ってあなたに逢うことにしましょう」

混沌の沼に突き刺した矛で最初に出来た島「おのころ島」に降り立ち、天の御柱を立てる。そして結婚の為に屋敷も造った。その天の御柱を中心に二人は別方向から周り、出会い交わり合う。

《いざなみ》「何とまあ、素晴らしい男性でしょう」
《いざなぎ》「何と美しい娘だろう」

つまり現代の人間と同じようにSEXをして国と神を産もうという話。その行為を互いの足りない部分を補うという表現をしている。この考え方が大事だと、考古学者たちは口を揃えて言う。

互いの違いを愛し合い、水蛭子《ひるこ》という御子が生まれた。しかし背骨のグニャグニャした弱い子が産まれてしまった。失敗だった。神でも失敗するのだ。出来の良くない第一子は無かった事にし《ひるこ》を船に乗せ流し出す。(神も非道い事をするもんだなと。)気を取り直してもう一度子を産む。

が、体が泡のようにふわふわした子生まれ淡島《あわしま》と呼ばれた2人目も失敗に終わる。また無かった事にする。自分たちの子供はどうやら出来が悪い事に不安を覚え、原因を聞きに高天原にいる別天つ神に会い行く。

「女性である《いざなみ》から先に声をかけたのはよくなかった。」

との言葉。改めて、《いざなぎ》から声をかける事にし産まれてきた3番目の子が淡道之穂之狭別島《あわじのほのさわけしま》。いわゆる淡路島である。きれいな子が産まれ、喜んだ2柱は次々に島と神を生み続けた。

というのがVol.1の補足。

ここで大事なのが、『男と女の役割と宇宙の法則』。なぜ、女が先に声をかけたのが良く無かったのか?

神道にというのは宇宙の法則に従って生きる事で、皆が幸せに生きられるというのが第一の教義。男性は陽性で太陽の象徴であり前衛の存在。女性は陰性であり月の象徴であり後衛の存在。だから日本の夫婦観というのは夫がどしっと構え、妻は3歩下がってついていくのが自然と言われている。男尊女卑ではなく役割と法則の話をしている。

現代では女性の権利という意味で政治でも会社でも重要なポジションに女性を!という動きが高まっている。それは決して悪い事では無い。が、あまりにそれにこだわりすぎると大事な事を見過ごしてしまう事になる。

もちろん、男がしっかりしていないから女性が前面に出なければならない、という状況も少なからずあるかもしれない。もしくは、現代の風潮として男性が女性を下に見てしまってきたというのも事実かもしれない。だが、実際は男女が手を取り合い、お互いの足りないところを助け合わなければ子は生まれないし、幸せな世界は作る事ができない。

これを《いざなぎ》と《いざなみ》から学ばなければ第一子《ひるこ》の失敗を繰り返してしまうのが目に見えている。わざわざ神が失敗までして見せてくれた悪い例を人間がしてしまっては意味も学びもなく、救いもない。

これは現代の女性進出の現状を表しているかもしれない。女性がバリバリ働き、家の外に出る時間が増える。晩婚化が進み、また子供と触れ合う時間が減る。少子化と言われている世の中が本当なのかと疑いたくなるほどに。少子化なのであれば、女性は家で、子供を3人4人と生みしっかりと育てることに専念すべきなのだ。しかし、生活を送るための生活費を稼ぐために共働きが増えている。妻も働かなければ生きていけない、というのも現実のひとつ。そんな女性進出の社会を政府が作り出しているということにはたはた疑問を感じる。

もうひとつは、今の生活水準というものに疑問も感じる。全てが贅沢すぎるのではないかと。もちろん幸せに生きる上で身の回りの物や食べ物が豊富にある事は大切な事かもしれない。

だが、それよりも大切な事は健康に生きる事が出来、全ての物事に感謝して生きていく事ではないだろうか?そのためにも家族との時間、特に幼い子供は親の愛情に触れる時間がその後の人格形成にとっても非常に大切になるのではないだろうか?

もちろん社会で活躍する女性の権利もある。女は家で引っ込んでいろ!と一言で片付ける気もない。言いたいのは、様々な視野からライフスタイルを考えて欲しいということ。そして次の世代、そのまた次、その次と考えて欲しいということ。

女性が働くということは、その働き口が一つ減り男の働く席がなくなるということ。男は働かなければ使い物にならない。子も産めず、乳をやることもできない。子供はやはり母親の肌が恋しいのだ。

働きたい女性の気持ちもわかるが、本当に人間としての役割や宇宙の法則から考えて欲しい。中華の歴史では女性がトップに立った女帝政治はなぜか災いが襲いかかると言われている。

勇ましく女性から男性に声をかける事も珍しくない現代。しかし、ここに《ひるこ》の戒めがある事を忘れてはいけない。女性が出過ぎないというより男性がリードできていないと思う部分が強い。

目には見えない宇宙の法則が働いているからとしか言えないが、男が太陽・女が月の象徴ということを考えればわかる気もする。

太陽を軸に太陽系がある。水金地火木土天海が太陽を回る。そして太陽の光が全ての星を照らす。月は地球の周りを回る衛星。太陽に照らされて美しく輝く。月が前面に出れば太陽を軸に廻る太陽系がうまく回らなり、地球にも悪影響を及ぼしてしまう。だから女性は太陽系が、地球がうまく回るように陰に内に支えていかなければならないのかもしれない。

そんなことを言うと、男性はいつも前に出てかっこよくと言われるかもしれないが、逆にどんな危険があろうとも、どんな嵐が吹きすさぼうと前に出て家族を外から守らなければならない。それほどの試練が多く待ち構えているという意味では男性も過酷な人生。それはどっちがいい悪いではなく性質の問題。

だが、女性にも男勝りな人もいる。男にも女のように優しい人もいる。そういった人たちは自分で自分の性質を見極めた上で、いろいろな法則を体験し、道を選べばいいと思う。

《いざなぎ》と《いざなみ》から学ぶことは多く、様々なことの原理・原点としてこの話を語り継いでいかなければならないと改めて思う。