岡 潔 おか きよし

天才的数学者の一人を紹介する。

岡 潔 (おか きよし 1901ー1978)

数学のことは詳しくないので、彼の功績が数学的にどれほど進歩をもたらしたかは、申し訳なくも実感がわかない。だが、フランスへ留学した後、日本へ帰り、各大学から教授に来て欲しいと依頼を受け、何校もの大学を渡り歩き、教育と研究に明け暮れた。

日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹も彼の講義を受け「物理よりも刺激的だった」と語っている。

彼が放つ特殊な存在感の源はここにあるんではないだろうかと思う。理や定義を追い求める数学者。にもかかわらず、愛、情緒、こそが人間の本質だと言い続けていること。

多くの著書の中でも「春宵十話」という随筆は晩年に出され、彼の心情や人生を振り返った思いが綴られている。

「春宵十話」でもそういった、目に見えない存在は、得てして人間が生み出すものや、行動に色濃く表れるものだとし、多くの作品に対しての所感を述べている。

その中で、特に目を引く二つの事。それは「情緒」と「教育」。

「情緒」とは日本人が古くから、大切にせずとも心の中に宿っていたもの。それが形になった「歌(短歌)」や絵画。特に万葉集や源実朝の歌に対しての「情緒」のあふれ方に感銘を受けている。

夏目漱石や芥川龍之介らの作品ににじみ出る「情緒」にも触れている。

「本物と本物でないものの差」というのが、その作品の背景にある想い。という風な意見にも取れた。

そして、日本人の情緒が薄れ、物質主義・資本主義に侵されている現状を憂いていた。が、最終的に死ぬ間際には、妙な安心感が日本の将来を覆っていると楽天的な意見に変わっていた。

もし彼が今生きていて、この2016年のポケモンGOを見たら何と言うのか聞いてみたいところでもある。

「教育」者として多くの大学に在籍し、弁を振るった人生でやはり、「教育」の本質を考える事が多かったようだ。

奈良女子大に在籍した際には、女性の教育、という考え方も深く考えたようだ。

また、戦争を体験し、太平洋戦争の戦中は理性で生きられたが、厳しい戦後を生き抜くには宗教が必要だったと、仏教にも入信していた。

宗教についてはフランスでの留学で海外の宗教観にも触れ合っていただろうし、数学者としての宗教観という新しい宗教観もあったかもしれない。

宗教も含め、子供に対してどう教育をしていくかという事も彼の人生が後世に残してくれた財産のひとつになっている。

義務教育とはどうあるべきだろうか、という議論や、絵画や俳句・歌などの感性や情緒をどう教育としてどう伝えていけばいいのだろうか、と語っている。

最終的にBESOは何が言いたいか、というと、最近「情緒」について、深く考える。

そして、現代・近代・近世の人たちが口を揃えて言う事がある。「情緒は歌に詰まっている」。

たったの「5・7・5・7・7」「5・7・5」の言葉の中に、風景の描写・感動・音韻の心地よさがこれでもかと詰め込まれている。

これを詠めた当時の人たちの原動力は、やはり心の豊かさではないだろうかと言われている。

それを無くしてきてしまった、平安時代以降の日本人。それを忘れてならないと書き伝えてくれた古文書。

それを受け継ぎ、新しい形に変えた正岡子規。伝統を守り、それを超えるものを生み、新たな道に進む「守破離」の理念を文学から学ばなければならないと感じる。

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