八百万の神々と自分の意識

この記事の前編は 神在月 神迎祭

神々の国、日本。生まれ育った国の始まりをこの日に見た気がした。

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今年は日本の歴史を知ろう、と思い古事記を勉強した。国之常立神、いざなみ、いざなぎ、天照、スサノオ、月読・・・。

 

難しい名前と格闘しながら神武天皇までなんとか一通り目を通せた。それが引き寄せたのか、今年に出雲に行くことに。おおまかに言う日本最古の社、出雲大社。最初は須賀神社やとかその辺の詳しい事は置いといて。

 

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この弾丸の旅で感じたことは、全ては意識で成り立っている、という事。ふと、昔からぼんやりとは出雲大社に行きたいと思っていた。しかし、行くタイミングはあまり無かった。それが急に今年の神在祭の2週間前に「車で行くけど、一緒に行く?」というお声がかかる偶然。これは、まさしく行くべくして行ったと言えると思う。

 

しかもそのお誘いを頂いた人は、2回しか会ったことの無い人。その人が快く約5時間の車旅に誘ってくれたのは行くタイミングとしか言いようが無いと感じた。

 

晴れの予報の中降り注いだ雨。雨を降らせた雲。古事記を勉強したと言っても全てを覚えられるわけではない。着く頃に会話に出てきた「八雲」。ここで全てがつながりはじめた。

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「八雲立つ 出雲八重垣 妻隠み 八重垣作る その八重垣を」

スサノオの歌を思い出す。なるほど。繁栄と平和を象徴する八雲が今日はいきなり現れたのだと、思った。スサノオが起こしたのか、出雲に集まる神々が起こしたのか、そこに向かう今を生きる人々が呼び起こしたのか。

 

雲間からの太陽の光は全てを祝福しているかのようだった。良いも悪いもなく。全ては神の御霊に。しかし、それを呼び起こしたのが自分たち人間の意識だとするならば、神とは人の意識ではないか、ともふと思う。

 

日も暮れ、稲佐浜へ。

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稲佐浜に天から剣が刺さり、国譲りが執り行われたとされている地。ここで神事が毎年行われ続けている。

 

神を覆う布垣が道路に並ぶ我々の前を通る。ほのかに稲の香りが漂う。気のせいかもしれないが稲の香りを鼻が感じた。こういう風にして土地の名前はつけられてきたのだと歴史を鼻で編んだ。

 

出雲大社(いずもおおやしろ)は大国主が天孫に譲る代わりに、天にも届く大きな社を建ててほしいという交換条件に建てられたと言われている。

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はるか昔の地層からの遺跡を分析すると上の写真のようなものが立っていたのではないかと推測されている。

 

出雲の地に残る説話にも高い社が建っていたという話が多く見られる。

 

旅や出会い。行くべくして行き、出会うべくして出会う。良いも悪いもなく、その人の成長や業の解消の為に、自分の無意識が引き寄せる現実という現象。

 

大切な事はどこへ行くか、誰と会うかよりも、その引き寄せた現象の真意を汲み取る事。そして魂の声に傾け次に待ち受ける道の標べをしっかりと受け止めることなのかもしれない。

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