欲望と本能 −ファスティングの後に−

気になっていたファスティング。

実際に自分の身をもって体感することで分かること。
最近の思考や意識とのタイミングも相まって自分にとってはなかなか有意義な時間と体験になった。

 

8063_R

 

 

欲求と本能

 

何が欲求で、何が本能なのか?
誰の声に従い、どこへ向かえばいいのか?

ひとまず、「3日間物を食べない」という経過を辿りながら見ていく。

朝起きて、朝食を食べる。習慣化されたありふれた日常。食べたい、という欲求がある無しに関わらずいつも食べているから食べている人も多いかもしれない。

ここで、朝食について。最近のテーマとして声が大きくなっているのが、「朝食を抜く」というライフスタイル。食べ物の消化には多くの酵素、体力、エネルギ―を使う。朝から消化にエネルギーを使ってしまうのではなく、胃に優しい暖かい飲み物を頂こう、と。

しかしながらBESOは喫茶店でモーニングを注文し、パンとコーヒーを楽しみながら作業をするのが日課。ファスティングで朝食抜きとなると、無性にパンが食べたくなる。

このパンの食べたさは、明らかに欲求だと感じた。そして、断食中には苦しい欲求だった。

毎日あるものが欲しくなるのは当たり前の現象。依存とも呼ばれる。タバコ、お酒、コーヒー、薬、甘いもの・・・。それらが体が本当に求めているものではないと気付けた気がする。

気付けば欲しいもの、というのはほとんどが体ではなく頭が欲しがっているものではないだろうか?

頭が欲しいものというのが欲求で、体が求めるものが本能。

これが一番今回のファスティングで得た収穫かもしれない。

タバコはニコチンが、コーヒーはカフェインが、体に不足して欲しくなると言われている。しかし、これらを止めることができる人が大勢居る。

そして究極食べ物を食べる事を止める人まで現れ始めている。(昔からいてるが、多く現れ始めている)

その後、昼食、夕食、2日目、3日目とファスティングが続いていくと、食べたい感覚が変わってくる。もちろん頭では無く、お腹が食べたいという意思を体が発し始める。そうなってくると欲求から本能へと変わり始めたと思う。

おそらく、本能とは自分の身を守るためにある。防衛本能や野生のカンというのが分かりやすい。

そして欲求と本能とは全くの別物

いろいろな話を統合して1つの結論というか答えが見えた気がする。
それが本能の声を聞くという生き方。

 

本能こそが人生において一番大切なもの

生きとし生きるもの全ては性質が違う。しかし、全てが目指すゴールは幸せ。その幸せに向かう道標こそが本能ではないだろうか?

original

 

この本能という言葉がいろいろな言葉に置き換えられている。

インスピレーション、直感、無意識、真我、無我、ハイヤーセルフ、インナーチャイルド、高次の存在、宇宙意識、神性、など。

これらはニュアンスの違いはもちろんある。

でも、全ては幸せという究極のゴールに向かう為の道標で、表現方法が違うだけだと思う。

人生の岐路に立った時、究極の選択を迫られた時、最終的に選ぶのは自分。その判断にはいろいろな要素がある。

金銭面・人間関係・将来性・現状の環境・家族構成・まわりの人からのアドバイス・・・。しかし、最終的に下す決断は直感が大きく影響を与えていると思う。

BESOはいろいろな仕事をして、いろいろな職場を見てきた。自分が経験するためにその仕事を自分の直感や本能が選んだという事を改めて思う。

引き寄せの法則なんかもこういう事を言ってる言葉なんだと思う。

ファスティングによって、全ての選択は本能によって選んでいるのだと気付かされた。

それは何を食べるという選択も、どんな仕事をするという選択も同じ一括りとしての選択。

コンビニで何かを買う、服を買う、誰と遊ぶ、どこへいく、誰と恋愛し、どんな人生を送るのか?それらも選択の一つ。

周りが決めるのでは無く、自分の頭が決めるのでも無く、本来は自分の本能が決めれば幸せに近づけるのではないだろうか?

しかし、本能の判断は時に損に感じる。なぜなら幸せは目には見えず、形のあるものでは無く、感じようとして感じれるものではないからだろう。損得というのは頭で考えた、人間が楽に生きるためだけの計算でしかない。

この計算が欲望の正体のようにも思う。より、おいしい物、快感を得られるもの、お金、見た目、ステータス。

太陽が得で月が損、なんて聞いた事ないし、地球が得で火星が得とも聞いた事がない。人間が関与しなければ得も損もない。

なんの制約も無く、条件もなく、ただただ満たされる状況。それこそが幸せな状況。人間が苦しむ損得からの解放かもしれない。

転職や選択の際、少しでも儲かる仕事。楽な仕事。に進みたいと思う。将来安定で、周りや家族に少しでも楽に生きて欲しい。そのための条件には確かに重要かもしれない。

しかし、お金が本当に家族の楽になるのだろうか?

本能がやりたいと言っている事を自分の体で実現する事が一番快感感じるはずだ。

やりたい事が出来た喜びというのは何物にも代え難い。
ビジネスなら予算達成。
子育てなら子供が立派な大人に。
スポーツなら優勝や記録の達成。

それらは本当に自分の無意識や本能が成し遂げたかった事だろうか?欲望に囚われていないだろうか?

予算は勝手に会社が決めたただの数字ではないだろうか?
名門大学やエリート企業はただのステータスではないだろうか?
優勝や記録はただの周りが決めた結果ではないだろうか?

その中身が本当に自分が心から望む願いや得たかったものかどうか今一度考え直せ!

そんな事をファスティングを通じて感じさせられた気がした。

毎日何の疑問も無く食べる食べ物。
目の前に食べ物が現れる過程が大切に感じる。
美味しく食べられるように調理してくれる人。
その食材を運んでくれる人。
植物、魚、動物を収穫してくれる人。
それらを大切に育ててくれている人。
そして食べる自分を含む全てを育んでくれる大地。
大地がうまく循環する地球。
地球が存在し続けるように包み込む宇宙。

これは大げさでもなんでもなく一つ一つを細かく見ていった真理。

食べ物が食べたいという欲求。
そして体が求める本能。
その本能は全ての幸せのためのプログラム。

本能の声に耳を傾け、人生というキャンパスに体という筆で幸せを描く。意識のパレットで人間関係という鮮やかな色を混ぜ合わせる。

暗い絵にする事も明るい絵にするも自由。
どんな絵に仕上げるもあなた次第で意識と体次第。

Related posts