Not afraid  ー Guardian Angel

ふと、何気なく喋っていた中で Guardian angel の話題に。
その中で思い出したのが eminem の「You’er Never Over」

 

 

 

 

そして、遡ること約3年半前。
ある事件が起き、一つの記事を書いた。

 

おもちゃブログ「You’er Never Over」

 

 

 

改めて、思うことが多くあった。
年齢を重ねるごとに人の死が身近になってくる。
関係や距離の遠い人から近い人まで。
親族・友人・仕事関係の人達。
世界中で今日も人が死に、生まれる。

 

この3年半で大きく変わったのは自分の意識と考え方。
もちろん仕事や社会も大きく変わっているが、その中に存在する「自分」の在り方が変化してきた。
前に書いた記事を通してどのような変化が起き、何が違うのか少し垣間見えたように思えたので、少し。過去を振り返る為に書くのではなく、今を生きる為に3年半前の今を見る。

 

 

存在すると生きるの違い 〜deference of being and living

 

人生とは、「今まさにこの時に存在する」であるという事の連続だという事を最近思う。
being」とは、存在するという表現に使われる。
知っている人が死ぬと、その人は生きていない。
しかし、存在していないわけではない。

 

言葉や表現は正確にはできないが、幽霊として存在する、守護霊として存在する、というイメージに近いかもしれない。

 

「死ねば終わり」というのは、あくまでも生きる事が終わり
その死んだ日から、物を食べる事もお金を稼ぐ事も家族としゃべる事も何もできない。
物質世界においては。
死ぬというのはあくまでも物質世界においての話。

 

しかし、精神世界においては在り続ける
そしてそれに気付き始めた時点から時間という概念を超え始める
例えば、目の前にあるりんご。
食べた瞬間に目の前から無くなる。
「りんごは死んだのだろうか?」
体の中で消化され限りなく小さな栄養素や食べかすとなる。
体の中に在るのではないだろうか?
10年後も20年後も・・・。
形を変え、関わり続け、在り続けるのでないだろうか?

 

そしてそれは人間にも同じ事が言えるのではないだろうか?

 

「You’er Never Over」に出てくるお気に入りの verse。

 

Not many are lucky enough to have a guardian angel like you

 

「お前みたいな guardian angel を持つ事が出来た幸運なやつはそうそういないぜ。」
という意味のリリック。

 

親友として共に生きて行く事はもうこれ以上ない。
しかし、守護霊として共に在り続けてくれる。

 

 

恐れを手放す 〜not afraid〜

 

 

 

何を恐れて生きるのか
死ぬ事、怪我や病気をする事、破産する事、家族を失う事・・・

恐れは生きている限りつきまとう。
その中で多くの教えの元、感じたり思うこと。

 

 

 

恐れを手放す事

 

恐れとは基本的に未来に対する感情。
未来を作るのは「」。
」その恐れを手放せば自ずと未来の「」にその恐れは起きない。

 

これから先に死なない、病気をしない、という意味ではない。
その未来に対する恐れに向かって「」を生きるのを止めるという事。

 

eminem の「not afraid」には非常に勇気付けられる。

 

大筋のラップの意味は、
今までラップの才能によって成功してきた。
でも、前作のアルバムは自分でも微妙だと思うよ。
それは自分のラップの才能があだになったんだろうな。
あれこれ考えたりお抱えのスポンサーとかのしがらみもあったせいだと思うよ。

でも安心してくれ。
俺は生まれ変わったよ。
もう二度とこんなクソみたいなしょうもねー事は起きないよ。

俺をどうこうしようとするやつに恐れずに、
自分がやりたいようにやるからさ。
だから、ドラッグもやめたよ。
自分をクリーンにするために。
もしくは聞いてくれているみんなのためかもしれない。

とにかく、俺はもう何も恐ずに立ち向かっていくよ。
だから手を取り合ってみんなも共に立ち上がろうぜ。

 

 

という内容。

 

おそらくは、現代の資本主義社会やグローバル企業、シオニスト、世界の裏の支配者に対しての反逆のメッセージだろうと思う。

 

産業の一つや洗脳の道具としてラッパーの才能が買われたのに気付きながらゲームをしていた事から離れて、俺は俺らしくラップしていくよ!と。

 

恐れがあると、それにつきまとう全てはネガティブに力が働いてしまう。
ではなく、ただただ「今」自分が存在している、在る、という事にフォーカスして生きて行く事が大切だと思う。

 

その問題はいつ問題なのか?
それが今でないのならその問題は考える必要はない。
なぜなら本当に生きるという事は今存在しているという事が大切だから。

 

そして恐れを完全になくした時、対立は無くなる。
戦う理由がなくなるから。
しかし、何かを失う事やプライドを失う事を恐れる為にそれはできないという悪循環が待っている。

 

いつ、恐れを手放すのか?

 

それが可能なのは「」でしかない。

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