2017年 暦と太陽と月


明けましておめでとうございます。

新年のご挨拶が遅くなりました。無事2017年を迎える事が出来、ますます楽しみな一年になりそうです。

なぜ今頃になって、と思う方もいるかもしれません。少し暦の話を。
西暦2017年の今現在、世界では一般的に太陽暦で1年が計算されている。1年を太陽の動きで計算するから太陽暦。わかりやすいですい。1年365日、ズレを修正するために4年に1回2月が1日増える。

実はこの太陽暦、日本ではわりかし最近採用された。
明治以前は太陰太陽暦という計算方法で1年が計算されていた。太陰とは月の事。つまり、月と太陽を元に1年を計算する方法。

1ヶ月、何月という言葉はもちろん月・MOONに由来がある。月が満ち欠けし、一周するのが1サイクル。新月を朔(さく)と呼びスタートである1日として、一番大きくなる満月を望月(もちづき、ぼうげつ)と呼び15日に数える。そしてまた次の朔が来ると次の月が始まる。

太陰太陽暦では1年が354日ほどになり、ズレを修正するために3年に1回閏月が入る。

太陽暦は給料や農業の作付け時期の計算などとても便利。でも次第に月が意識されなくなった。

もちろん、いつも言っているどちらがいい・悪いではない。ただただ現代は太陽暦を採用しているというだけの話。その中で、今年は月も意識して太陰太陽暦のカレンダーで1年を過ごそうと思う(こちろん個人的に)

という事で、2016年を振り返ってみたいと思う。

2016上半期

新年早々引っ越し。まだ太陰太陽暦(旧暦)には馴染みもなかったので1月初めに引っ越しが完了。去年はやっぱりこの引っ越しからストーリーが始まった気がする。

農業に興味があり、JAで小さい貸し農地があると聞き急いで近くに住む事に。応募制で、返って来た通知は補欠17番。

・・・。

「無理やん。」

そんな無謀な挑戦で、引っ越しをするほどバカではありません。下見に行った時に、実際にその農地で畑をしている人と仲良くなり、

「コンサートのチケットみたいにいっぱい応募したけど当たりすぎて余ってる人が出てくるから大丈夫。君みたいに若い子に来て欲しいから是非是非次の応募待ってるよ〜。」

と引越す前に言われていた。
早速、その人に連絡して補欠17番を伝える。

「いや〜今回の応募予想以上に多いみたいで、まだちょっと空きを聞いてないんよね。空きが出たらまたすぐに連絡するよ。」

と言われ、しばし待つ事に。

・・・。

待てども待てども連絡はなく、いよいよ春を迎えてしまった。
改めて電話してもやっぱり空きは無いとの事。
他の仕事もあったりで農作業へ時間を割く時間も見つけれず、気持ちは農業から少し離れ始めた。

なんの為にここに引っ越したのかわからない状況。無駄足どころか無駄越し。

と思いきや、ただでは転ばないストーリーが待っていた。

出会いは地元の居酒屋。18歳で初めてバイトをした居酒屋の系列が家の近くにあった。引っ越しも少し落ち着いたところでフラッと寄ったその日。ある人と遭遇。そこから2016年の活動が大きく変わる。

ここ最近、気になっているけど難しい疑問があった。その人の周りには不思議なアロマの先生がいてて、その人なら教えてくれるかもという事で話を聞きに行く。

ずばりその出会いから自分の中にあった難問が少しづつ紐が緩み出し始める。

ズバッと一気に行って欲しかった気もするが、徐々に徐々ほどけていく感覚もまた楽しめるようになった。

その難問の一つが「アカシックレコーズ」本やネットの知識や情報では意味はわかるがどうも自分に落とし込めなかった。

その先生にはそれだけでもなく、実際の生活の知恵も生き方もおもしろい話をしてもらって2016後半の動きにも影響を与えてもらった。

始まりは地元の居酒屋というものまたおもしろい。その居酒屋は最近できたものでもなく18歳でバイトした時からずっとそこに在った。ただ、初めて行ったのは10年後。過去でもなく未来でもなくその時に行った。

このあたりの時間の感覚というのも2016年の大きなポイントになった。

上半期は農業の疎遠と新たな動きの始まりになり、そこから自分が講師になって人に話をするという会が始まった。

これまで、学校教師を目指したり、塾の講師をしたり、家庭教師をしてきて点がつながり始めた。

話すこと自体が好きで営業の仕事をしていた時は営業成績も良かった。その先にあり、向かうべくして向かう道が目の前に現れ始める。

作家業としては少し休憩。前作を読んでくれた人の感想や、そこから自分の中にあるものを改めて洗い直す時期。そう思いながら次作への下準備が出来上がりまた崩れを繰り返した。進んでいないように見えて進んでいるタイムラグを楽しむようにもなった。

2016下半期

自分が講師の授業がスタート。家庭教師や塾とは違い、話す内容は自分が決める。おもしろくなければもちろん即打ちきり。

気づけば2017年も継続して開催できたのはこの下半期が大きかった。

大規模な講演会では無く小さな一部屋での話。
テーマを考え、資料を作る。

聞く人の気持ちを考え、あれこれ思案するうちに自分の考えや向かう先も改めて考えることになる。

全てが上手くいったわけではないが形も内容も徐々に良くなった気がする。

そして最後の最後。年末になって、また自分の中にある難しい問に答えてくれる存在に出会った。それは対面では無く、本との出会いだった。

前回の記事に書いたディーパック・チョプラ。
「宇宙のパワーと自由にアクセスする方法」

を読んだ時に衝撃が走った。そして、それもずっとそこに在ったものだった。昔から本は本屋に並んでいたし、ネットにもその情報は山盛りあった。

しかし、自分は出会わず出会った時がその時という今だった。

こういう時間の感覚も書いていたり、どういう人間になり、どういう人生を送るかという哲学的な要素もふんだんに盛り込まれている。

ぜひ、一読をオススメ。

体験としてもいろいろなところへも行けた。
ずっと観たいと思っていたダリ展に行ったり、出雲大社へ行ったり、太極拳を習ったり。

そんないろいろが過去になり今がある。

無駄足のような引っ越しからこうも変わるのかと思った1年。農業に関しては進めることができなかったがそれも2017年に新たな動きも見え始めた。

始まりの年であり、次の年への準備期間。

いつでもそうなのかもしれない。新しく始まった2017年も次への準備なのかもしれない。

しかし、大事なのはあくまでも今。今そこに行くから、それをするから、それが過去になり、それにつながる未来がある。

今がなければ過去も未来もない。しかし、今はずっとある。寝ても起きても今がある。

その今にどれだけ意識を向けて、どれだけ今を生きるかで過去も未来も変わる。

過去や未来にとらわれるのではなく、全ては今にある。

と、まあまた難しい言い方をしてしまう癖が抜けないので、これを分かりやすく話せる授業をできることがありがたく感じる。

今を意識するというのがどういうことなのか。それを文字にして話にできる作家を目指していく。

今まで目指して作家像からは大きく変わったと思う。
それもまた今がそういう風に違う過去にさせたのだなと感じる。

そうなる為には今を大事にして日々を生きる事が未来へつながるのだなと楽しみになっている。

 

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2017の指針

改めて、今をどう生きるかを書いてみる。

太陽と月と共に生きる

太陽の恵みによって生命の活動が育まれる。
もう一方で、月の恩によってリズムが与えられる。

生命のバイオリズムは月の周期。
潮の満ち欠けや女性の月経。そもそも月経という由来からも月が人間に与える周期の所以がわかるのではないかと思う。

月を意識する生活を今一度振り返る。その為の太陰暦。それをアレンジし、より生活しやすくなった太陰太陽暦。

意識を意識する

「全ては意識でできている」

究極の言葉。
意識から全ての現象が起きる。
動きも物質も始まりは意識。精神も意識から始まる。

意識から生まれたそれらに囚われず、源・始まりである意識が何かという事に注目し、意識を向ける。

 

観察する

その意識を観察することで、意識の正体が明らかになる。

精神に流されず、物質に溺れず。
荒れ狂う大波に飲まれないように、ただただ意識という船を舵取る。

その為にはまず、体が、心が何を感じどう表現しているかを観察する。

その先の意識のために。

宇宙の法則に沿う

子供の頃から死ぬまで、従うべき何かが常にある。

両親の言う事、家族のルール。
先生の言う事、学校のルール。
上司の言う事、会社のルール。
先人の言う事、社会のルール。
政治の言う事、国家のルール。
外国の言う事、世界のルール。

これらはあくまでも全体の一部だと言う事に目を向ける。

これらは全て地球上の出来事。
大地の言う事、地球のルール
の下に起きている。

その地球は銀河系にある。
星々の言う事、銀河のルール
の中での出来事。

銀河系は宇宙に数多ある銀河の一つ
神々の言う事、宇宙のルール

これが全ての根元ではないだろうか?
宇宙の先にはまた宇宙が広がっているのかもしれない。

いずれにしろ、今目の前にある守るべきルールはあくまでも全体の一部であるという事を感じなければいけない。

ルールに似ている日本語、法則。
全ては法則通りに動く。
その法則を見つけるには長い時間と気づきが必要。

宇宙の法則を見つけるために、人類は生きているのかもしれない。

先人たちが築いてきてくれたものを活かし、その法則の力を受けながら生きていく。

2017年という年をそのスタートにする。

ディーパック・チョプラ

久しぶりの投稿は久しぶりに心を揺さぶられた偉大な人物の紹介。

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ディーパック・チョプラ (Deepak Chopra)

インド出身の思想家・哲学者。元来は医者であり、内科医としての権威でもある。著書は75冊にも及び、影響を受けたとしている人物は、マイケルジャクソン、ゴルバチョフ元大統領、レディ・ガガ、ミランダ・カーなど大人物からの支持も多い。

医者嫌いのBESOが最近とことんハマっている人物。その主張とは?
この記事を読み終えると医者嫌いと言っていたBESOがどれだけちっぽけだったかと思い知らされることになる。。。

 

自分とは何者なのかを知る

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉の後半がそのまま当てはめられる。
何のために生まれ、どんな人生を送り、何を残して死にゆくのか。

自分が生きる人生を知るためにはまず、「自分」が何者なのかを知らなければいけない。

自分を知るためには自分の体や身の回りに起こる現象をしっかりと受け止めることから始まる。

それを物理学・量子力学という科学的な観点から説明してくれている。また一方で、古来からの東洋・西洋の哲学者の難解な精神的言葉を噛み砕いて説明してくれている。

そして、最終的な答えとして出しているのが「自分を知るために一番必要な学びは思い出すということだ」と述べている。

自分が誰で何をするために生まれてきたのかは他でもない自分が知っていると。それは誰から教えられるものでもなく、自分の記憶のさらにその先にある意識にアクセスすることでわかる。

努力することはその意識にアクセスするために思い出すことだけであると。

思い出すために効果的であり、必須でもあるのが、静寂の中に身を置く瞑想であるとしている。

 

幸せに生きる

数多くの人のカウンセリングや対話を重ね、たどり着いた一つのポイントは「人は皆幸せになるために生きている」という事。

しかし、一般に皆が思い描く幸せとは少しギャップがある。
本当の幸せとは「条件の無い」幸せでなければならないと。

金持ちになり、豪華な家に住む幸せ。これはお金が無いといけないという「条件」のある幸せ。

そうではなく、なんの「制限」もない幸せになるために人は生きているのだ。幸せになるための秘訣は自分自身が物事を考える意識が最も重要だとしている。

一見理想のように思える、家族みんなが健康に生きられるという幸せ。しかしこれも家族が健康でなければいけないという「条件」のある幸せ。

この「条件」というのもはエゴとも言い換えられる。家族に健康であってほしいというのは純粋な願いである一方、自然界の掟を無視している自分勝手でもある。

そういった「条件」や何かに頼る依存から解放され、感謝に溢れる愛のある幸せにたどり着くのが最終目的。つまりそれこそが無条件の幸せになる。

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第4意識レベルへの上昇

ほとんどの人は生活上3つの意識、
第1が「深い眠っている(時の)意識」、第2が「夢を見ている(時の)意識」、第3が「起きている(時の)意識」を繰り返している。

しかし、それらを超え第4の意識「超越意識」に目覚めると人生が驚くほど変わると言う。
エゴ、善悪や損得の概念、思考に囚われる、といった意識から超え、それを眺める観察者になることが大切である。

自分が何かをしているというのは何者かに「させられている」と感じられるようになる。その何者かとは正しく気付いていない第4の意識である自分である。

その「させられている」という感覚を観察者として暖かく見守る事が出来るようになると、全ての権限がある映画監督のような存在になる。

自分は役者でもあり、音響でもあり、照明でもあり、大道具でもあり、衣装担当でもある。そしてそれらをまとめ上げる監督が第4の超越意識であると。

第3までの意識で止まっているといつまで経っても、1つの役を演じている自分というものに気付かない。

宇宙意識とつながる

第4の意識「超越意識」にたどり着くと、エゴや損得概念をフラットに観測する事ができ、世の中が静寂であるという事を認識するようになる。

意識には続きがあり、第5の「宇宙意識」につながる。
自分が生まれてきた理由には、宇宙の創造が関係している。宇宙の創造のために肉体が与えられ、それを全うするために本来は生まれてきている。

その宇宙意識と繋がり、宇宙の創造と心身ともに一体化した時、壮大なパワーを持つ宇宙エネルギーが自分の背中を後押ししてくれる。

鏡の法則や引き寄せの法則はここに由来していて、これを言い方や表現を変えたものがいろいろある。
が、本質的には宇宙エネルギーの作用であると。

 

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と、一旦ここで話を区切る。
まだまだ話は延々に続くほど奥は深く、先は長い。

何が言いたかったかというと、いよいよ西洋と東洋が融合し、人間が宇宙エネルギーと共に生きる世界が始まっているという事。

最近の流行をとってみても、ヨガ・SF映画・量子力学・量子医療・オーガニックなどなど、全て宇宙エネルギーとの関わりが強い。

アメリカではトランプが正式に大統領になり変化の始まりが起きる。

いつまでも善悪の概念の中にいると生き辛い世の中になってきている。大企業が悪で、メディアが悪。一方で、オーガニックが善で、平和が善。

という概念からも解放され、ただただ宇宙の創造のエネルギーに身を委ね、愛の暖かさに身を包まれる時代がきたのではないだろうか?

宇宙と愛

そうなんです。こんな記事を書きたかったし、話したかった。

もちろん今までの記事も書きたい記事だから書いてきたし、

話したいから話してきた。

 

“宇宙と愛” の続きを読む

岡 潔 おか きよし

天才的数学者の一人を紹介する。

岡 潔 (おか きよし 1901ー1978)

数学のことは詳しくないので、彼の功績が数学的にどれほど進歩をもたらしたかは、申し訳なくも実感がわかない。だが、フランスへ留学した後、日本へ帰り、各大学から教授に来て欲しいと依頼を受け、何校もの大学を渡り歩き、教育と研究に明け暮れた。

日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹も彼の講義を受け「物理よりも刺激的だった」と語っている。

彼が放つ特殊な存在感の源はここにあるんではないだろうかと思う。理や定義を追い求める数学者。にもかかわらず、愛、情緒、こそが人間の本質だと言い続けていること。

多くの著書の中でも「春宵十話」という随筆は晩年に出され、彼の心情や人生を振り返った思いが綴られている。

「春宵十話」でもそういった、目に見えない存在は、得てして人間が生み出すものや、行動に色濃く表れるものだとし、多くの作品に対しての所感を述べている。

その中で、特に目を引く二つの事。それは「情緒」と「教育」。

「情緒」とは日本人が古くから、大切にせずとも心の中に宿っていたもの。それが形になった「歌(短歌)」や絵画。特に万葉集や源実朝の歌に対しての「情緒」のあふれ方に感銘を受けている。

夏目漱石や芥川龍之介らの作品ににじみ出る「情緒」にも触れている。

「本物と本物でないものの差」というのが、その作品の背景にある想い。という風な意見にも取れた。

そして、日本人の情緒が薄れ、物質主義・資本主義に侵されている現状を憂いていた。が、最終的に死ぬ間際には、妙な安心感が日本の将来を覆っていると楽天的な意見に変わっていた。

もし彼が今生きていて、この2016年のポケモンGOを見たら何と言うのか聞いてみたいところでもある。

「教育」者として多くの大学に在籍し、弁を振るった人生でやはり、「教育」の本質を考える事が多かったようだ。

奈良女子大に在籍した際には、女性の教育、という考え方も深く考えたようだ。

また、戦争を体験し、太平洋戦争の戦中は理性で生きられたが、厳しい戦後を生き抜くには宗教が必要だったと、仏教にも入信していた。

宗教についてはフランスでの留学で海外の宗教観にも触れ合っていただろうし、数学者としての宗教観という新しい宗教観もあったかもしれない。

宗教も含め、子供に対してどう教育をしていくかという事も彼の人生が後世に残してくれた財産のひとつになっている。

義務教育とはどうあるべきだろうか、という議論や、絵画や俳句・歌などの感性や情緒をどう教育としてどう伝えていけばいいのだろうか、と語っている。

最終的にBESOは何が言いたいか、というと、最近「情緒」について、深く考える。

そして、現代・近代・近世の人たちが口を揃えて言う事がある。「情緒は歌に詰まっている」。

たったの「5・7・5・7・7」「5・7・5」の言葉の中に、風景の描写・感動・音韻の心地よさがこれでもかと詰め込まれている。

これを詠めた当時の人たちの原動力は、やはり心の豊かさではないだろうかと言われている。

それを無くしてきてしまった、平安時代以降の日本人。それを忘れてならないと書き伝えてくれた古文書。

それを受け継ぎ、新しい形に変えた正岡子規。伝統を守り、それを超えるものを生み、新たな道に進む「守破離」の理念を文学から学ばなければならないと感じる。

暦と中秋の名月 ~太陰暦と太陽暦~

厳しい暑さが和らぎ、涼しげな秋が訪れる。

「秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。と(自分の着想ノートに)書いてある。
夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。

耳を澄まして注意していると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気を配ってみていると、桔梗の花も、夏になるとすぐ咲いているのを発見するし、蜻蛉(とんぼ)だって、もともと夏の虫なんだし、柿も夏のうちにちゃんと実を結んでいるのだ。

秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。僕くらいの炯眼(するどく光る眼光の意味)の詩人になると、それを見破ることができる。家の者、夏をよろこび海へ行こうか、山へ行こうかなど、はしゃいで言っているのを見ると、ふびんに思う、。もう秋が夏と一緒に忍び込んできているのに。秋は、根強い曲者である。」

『ア、秋』の一部
芥川龍之介

読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋。誰が言い始めたのか、秋は行動力が高まる時期のように感じる。

季節を考えた時に節目が一年に4つある。太陽が出ている時間が丁度12時間である春分秋分。太陽が出ている時間が一年で一番長い夏至、一番短い冬至。そして間もなく秋分の日、9月22日を迎える。

この4つの節目の日にちは、あらかじめ決まっているわけではない。毎年計算して、今年は何日と決められる。なぜなら暦にはズレが出てしまうから。毎日が24時間で同じように太陽が出て、同じように月が出れば暦にズレはなく、一年も同じになる。でもそれでは地球はここまで生命力溢れる緑の星にはなれなかった。

現在の1年365日、4年に一回閏年(うるうどし)を設け366日にして一年を読む暦を、「太陽暦」という。またグレゴリオ暦とも言う。

日本では明治6年12月3日から採用され、新たに1月1日から太陽暦がスタートした。元々の始まりは1582年にローマ教皇グレゴリウス13世が制定した暦。これが世界に普及して一般的な暦として定着し、日本にも300年程の時を経てやってきた。

これによって世界共通の日付という認識ができた。その恩恵は計り知れないかもしれない。だが、落とし穴もある。

暦があまりにも当たり前になりすぎ、人間が自然を見なくなってしまった。また、触れ合わなくなった。暦は時計にもつながり、時間が決められ、一分一秒を管理される世の中。太陽暦が採用される前の日本は、太陰暦が採用されていた。太陰暦は月の満ち欠けで1ヶ月を決める。新月が1ヶ月の始まりで満月が15日、また新月がやってきて次の月。これを繰り返す。すると1年とする12か月が354日で終わってしまう。そのかわり3年に一回閏月(うるうづき)を設けて調整していた。

日常を送る便利さで言えば太陽暦の方が、やはり、はるかに分かりやすいかもしれない。だが、太陰暦の場合、月と共に日々を送る生活だったに違いない。今では「お月見」というのは過去の名残のようなイメージだが、太陰暦においては毎日のことだったのではないかと思う。

それだけ、毎日月を見ていれば、自然に天候や他の生き物、自然界全体に目が行き心も豊かだったのではないかと感じる。

先の、大正の文豪芥川龍之介。彼は俳句で有名な正岡子規とも親睦が深く、漢文や歌で互いを天才と呼び高め合っていた。太陽暦が浸透するにつれ、彼らの根底にあったであろう感性や情緒という、日本人の全ての人にあったであろう大切なモノが失われていったのではないかとも感じる(時代的には太陽暦に生きた人たちだが)。暦とはあくまでも日付という一つの認識。日本のような四季が厳しくも鮮やかに巡る国では、頭で理解するカレンダーではなく、体で感じる暦が大切なのかもしれない。

9月22日、秋分の日。いろいろな角度から考えて、大切な日になっている。一夜だけでも日常を離れ、「お月見」をしてみれば、少しは太陰暦に生きた昔の日本人の情緒がそこにはあると知れるだろうか。

『月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月』
(よみ人知らず)

〜解釈〜
この「月」はもちろん、①空に浮かぶ「月」と、②暦の「月」の意味がある。

①月を見る②月は多くあるけれど、こんなに綺麗な①月を見る②月は今月(8月)に限るよね。

という現代語訳。

なぜ今月が8月になるかと言うと、歌に月が8個(月々は月月で2個)出てくるから(旧暦=太陰暦の8月は、新暦=太陽暦の9月にあたる)。そういう言葉遊びを常にしていた日本人の情緒とユーモアを受け継いで行きたいと強く思う。

脳波とシューマン共振

※専門家では無いので、あくまで参考程度に・・・

波動や周波数を考えていくと脳波にたどり着く。全ての生物や物質に波動があると考えられている。その中で未だ科学が9割以上解明できていないと言われる脳が生み出す脳波。

その脳波について考えてみようと思う。

脳波とは、

簡単に言うと心臓の動きを電流の流れで数値化した心電図の脳バージョン。脳にも微弱電流が流れててそれを数値化してデータにしたもの。脳はめちゃくちゃ複雑な構造になってて、いろんな部分に分かれてる。体の運動の指令を送る時に活発に動く部分。計算や思考をする時の部分。言葉をしゃべる時の部分。などなど行動によって活発に動く部分が違う。

その動きもバラバラで、その動き方を流れてる電流で測ろうっていうのが脳波。

大きく分けて人間の脳の状態は脳波によって5つの種類に分けられる。

わかりやすい説明があったので引用。

>>>
《 脳波の種類 》 

脳波は発生するリズムによって5種類に分けられ、周波数の遅い順番に「デルタ波、シータ波、アルファ波、ベータ波、ガンマ波となります。

● デルタ波(0.5~4Hz)
眠っているときに現れ体をメンテナンスする。5種類の中で、周波数がもっとも一番遅い脳波。夢を見ることなく深い眠りに落ちた、無意識の状態で、頻繁に検出されます。

● シータ波(4~7Hz)
眠りかけに現れ多くの効能を秘める。物事を意識して考えず、夢を見ているように、深く落ち着いた状態でよく検出される脳波。ヒーリング効果が高い。

● アルファ波(8~13Hz)
安静したときに現れ集中力をぐっと高める。心身ともにリラックスして、心を沈めて集中しているときに出る脳波。頭の回転が良くなる。記憶力がアップするなどの効果も。

● ベータ波(13~30Hz)
仕事や家事をバリバリこなしているときの脳波。日常生活の中でさまざまなことを考え、判断するときに出る脳波。緊張や不安、イライラなど、ネガティブな感情を抱くときにも検出される。

● ガンマ波(30~80Hz)
超能力を発生させる!? いまだに未知の脳波。脳がハイスピードで動くときの脳波。解明されていない部分も多く、予知や超能力を発揮する際に出ているとも言われる。

>>>

引用元:http://energyartist.amsstudio.jp/027.html

こんな感じで脳波によって状態が変わる。ここでもうひとつ紹介しておきたい言葉が「シューマン共振」。

シューマン博士が発見した地球が発してる周波数のことを「シューマン共振」と言う。このシューマン共振はゆっくりとやけど周波数を変えてきているとも言われてる。

一般にこの周波数は3つの層の周波数から出来ていて、1次周波数=7.83Hz、2次周波数=14.1Hz、3次周波数=20.3Hz と言われてる。z

つまり何かに集中して普段以上の力を発揮する時や、めちゃくちゃリラックスしてる時に出るアルファ波は地球の脳波と同じ周波数帯にいる事になる。

その関係性がはっきりと証明されたようなデータは無いけど、非常に興味深い数字やと思う。

最近、YOUTUBEなんかではヒーリングのミュージッククリップをよく目にする。アルファ波、シータ波、デルタ波が流れる音楽がある。

ただよく言われるのはやっぱり生音がいいと。お寺の鐘の音や川のせせらぎの音が実際に体全身で感じることで脳への影響も大きくなると言われてる。

一回YOUTUBEで検索して聴きながら寝る事をオススメします。

プルートゥ

プルートゥ。元々の由来は神話の冥界の王ハーデス。
ワンピース好きにわかりやすく言うと「プルトン」

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つまり意味的には冥界の王ほどの破壊力を持つ存在。

この漫画のすごいと思うポイント。もちろんベソの主観。

・イラク戦争への批判
・「核」「ロボット」「科学の盲信」に対しての警鐘
・主人公の切り替わりが絶妙
・世界の裏社会へ提言
・人間の究極の葛藤「愛と憎しみ」
・手塚治虫への敬意

とこんな感じの思ったポイントが上がった。初めて浦沢直樹を知ったのは「モンスター」。

天才脳外科医のドクター天馬(プルートゥ読んで初めて知ったけど名前の由来はアトム)はドイツの大病院で派閥争いに巻き込まれる。しかし、そんな政治家のような医療業界に嫌気がさし、上の命令に逆らい指示とは違う大手術を優先して行う。その手術が物語の始まりで、その患者は脳に弾丸を受けた10才前後の双子の兄。通常即死であるだろうが、ドクター天馬の奇跡的な施術で一命を取り留める。その双子の兄ヨハネこそがまさにモンスターで、少年とは思えない頭脳と非情さと残忍さを持っていた。その後大人へと成長したヨハネは自分を育てた里親を全て殺し神のような存在になろうとしていた。

そのヨハネを追うのが「モンスター」のあらすじ。もちろんこんなけでは面白さは伝えきれへんけど、発想・感覚・ストーリー・感情の裏側、なんかの微妙な部分がものすごくリアルに伝わる漫画。そしてそれが、人間の怖さにつながるところ、最終的には社会の強大な裏組織にもつながるところにおもしろさを感じた。

この衝撃が再び「プルートゥ」にあった。そして普段ベソが考えてる事の重要な部分を訴えてくれてるものがあった。

人間の思考の行き着く先である一つに究極の存在がある。それは人によってもちろん違うけど重なる部分がある。その一つが「最強」。権力や破壊的なパワーの意味での最強。それを科学の力で成し遂げようとしてきたのが、20世紀21世紀の現代。「核」「ウィルス」「HAARP」「反陽子」・・・その先にあるのが破滅。それを何人もの人物が警鐘を鳴らし続けてきた。エジソンがその代表格であり、この原作の「鉄腕アトム」もそう。

その反面人間が誰もが持っていたいと思うものもある。「安全」や「保身」。自分は、もしくは自分と自分の家族だけは安全に暮らして、守っていきたいと。そういった心の好きにうまく忍び込み誘導するのが宗教であったり裏組織である。これにも出てくるKR団という組織はKKKをモチーフに描かれている。日本人には馴染みの少ない言葉かもしれへんけど世界的に超有名な白人主義団体の巨大組織。もちろん悪いこともいっぱいしてる。その集団の指示に悪いと知りながら従っていたアドルフ・ハースという登場人物の顛末がいい例。最終的にはトカゲの尻尾となり家族共々命を狙われる。しかし、自分と家族が大事だからこそ指示に従っていたのも人間らしさの表れである。

最終的にはロボットが高度になりすぎて人間には制御の範囲内で動かせなくなる。それを突き破るには偏った感情をロボットに注ぎ込まなければなくなる。そこで「愛」を入れればどうなっていたのか個人的には見てみたい。がもちろん入れられたのは「憎しみ」。制御しきれなくなったロボットはいよいよ地球破壊に行き着く。アトムも一度死んで(壊れて)しまうが再び、「憎しみ」を注がれて復活する。しかし、そこにはアトムの心優しい「愛」の気持ちがそれに打ち勝ち、プルートゥの暴走を止める。

設定の舞台はアメリカがイラク戦争を起こした後の世界。なくならない戦争のなか、新型兵器やウィルス兵器などが開発されていく。「20世紀少年」も興味深い作品。映画化もされた人気作。逆にこれはタイミングなくてまだ読んでない笑。
これこそ、プロビデンスの目のシンボルがテーマのモロ秘密結社の漫画。やから相当深さはあると思うけどなぜかタイミングが無かった笑

これも細菌兵器や意味わからん宗教なんかが盛りだくさんの社会派漫画。是非浦沢ワールドをみなさんに楽しんでほしい。

第三の眼 the third eye

7つある体のチャクラ。
下から尾てい骨、下腹部・丹田、へそ、胸、喉、眉間・額、頭頂部の7つ。

その眉間・額に有る第6のチャクラ。ここに第三の眼があると言われている。本来人間には2つしか無いと言われている目。それに果たして3つ目があるのだろうか?

イメージとしてこれを見て欲しい。

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幽遊白書の飛影。

ただbesoが好きなだけの人気マンガのキャラ笑。やねんけど考えてみれば第三の眼の持ち主。

妖怪である飛影はまだまだ若い世代だったが妖怪の中でも強くなり始めた。しかし若かった彼は自分の心に驕りが出始めた。そして戦いに次ぐ戦いの日々に心のバランスも崩れ始めていた。そんな日々の中、母親の涙が結晶となった形見を無心に見つめる時間が長くなってきていた。それが癒しとなっていたのだ。

ある時不覚にもそれを無防備に眺めている時間に何者かが彼を襲った。そして大事にしていた形見をその戦いで失ってしまう。それが自分を生まれた直後に産み捨てた母親の形見であることもわかりながら。油断していた自分への戒めと、母親への復讐から飛影はこの涙を探す旅に出る。

探し物をするのに裏の世界でいい方法が有ることを聞いた飛影。よく見える第三の眼「邪眼」を移植することであった。強くなった能力を放棄しなければならず、さらには激痛を伴う施術に迷うことなく決断する。メインストーリーでは「邪眼」によって闇の力を手に入れる事になるが、本来の目的は探し物であった。

と、好きなマンガ紹介はこの辺にしておいて本題に。この世の中にもいろんなものが「視える」人と「視えない」人がいる。科学的に検証されている見るもしくは見えるという現象は目の水晶体で受けた光の刺激を脳で判断し視覚情報としてインプットされる。

しかし、未だ深くその機能が解明されていない松果体という器官が人間の脳にはある。場所は目の奥または額の奥で目の機能を持った脳内の器官であると言われている。もちろんここに光の刺激は行かないのでそこで見ることはできない。のだが、この松果体を自在に機能させる事が第三の眼を開眼させると言う人たちがいる。

一方、第三の眼を「心眼」と表現する人たちもいる。眼が見えなくなった盲目の人たち。彼らは人間が思っている視覚は無い。その事によって見える物があると言う。座頭市という映画しかり、ピアニストの辻井伸行さんしかり。視覚という5感のうちの一つが無くなったことによって他の器官が優れたり、無かった感覚が生まれる。

それを心で視るという表現をする人たちもいる。

要は視覚だけが見る器官というわけでは無いという事では無いかと言いたい。人間は目で見る動物である。しかし、コウモリや深海魚のように眼が機能してなくても代わりの器官を上手く機能させ、ぶつかったりせずに不自由なく生きている存在もある。

そして、神学や様々な教えの中ではよく、この心の眼や第三の眼で視よという教えが出てくる。目に見えるものが全てではないという教訓の意味合いがあるだろう。が、本当に第三の眼で視ろというメッセージもあるのではないかと思う。

あなたは今、目に見えてる物だけが真実だと思い込んでいないだろうか?

アカシックレコード

人はどこから生まれて死に、死んでどこへ行くのか。
そんな人類の永遠のテーマに一つの答えを投げかける存在がある。

アカシックレコード。一言で言うと人類の叡智と知恵が全て集約され、それが記録されていると言われるもの。レコードとはよく耳にするレコードの意味で記録するという意味。人類の記憶や知恵などの意識が全て詰まった図書館とも言われてる。

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アカシックの語源はサンスクリット語のアーカーシャ。
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アーカーシャ( サンスクリット語: आकाश, Ākāśa,Akasha、アカシャ、阿迦奢)は、インドで「虚空」「空間」「天空」を意味する言葉であり、インドの五大のひとつである。
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引用元:wikipedia

まー難しい言葉。要は目で見えるものではなくイメージやったり、物体ではなく意識の中に存在する概念。深くは宗教用語として使われる言葉で、真我として認識もされている。自分と他人が考えたり感じることが違うのは一人一人が魂と呼ばれる真我があるからという事にもつながる。西洋ではエーテルとも訳される。

そんな人間の魂や意識を全般的に表す言葉であるアカシック。それの集合体が記録されたのがアカシックレコード。インターネットにイメージが似ていて例えられる事が多い。一人一人の個人が持っているパソコンが人間の体やとしたら、ホームページとかブログなんかに書かれている全てにあたるのがアカシック。ホームページ・ブログはインターネット上に存在してるけど実体は無い(厳密に言うとどこかのサーバーに保管されてる)。(けど)その実体の無いものがパソコンとかスマホという道具によって一人一人の人が目で見える形になっている。

パソコンが体、人間が魂。というイメージで話を進めていく。(パソコンにはブログ以外に使い方があるけど一例として)パソコンを買いました。まずするのが電源を入れる。これが生まれたばっかりの状態。さらのパソコンは何も出来ない。これが人間で言うと生まれたばっかりの赤ちゃん。ブログを書くにはまだたどり着かない。初めてパソコンを始めた時を思い返して欲しい。インターネットの使い方も文章の打ち方もわからない。これが赤ちゃんと一緒で、喋り方もトイレの仕方もご飯の食べ方もわからない。そこから一つずつ覚えていく。ブラウザでインターネットを見に行く、タイピングを覚えて文章を打つ、エクセルなんかのソフトを使って計算をする。赤ちゃんで言うと言葉を覚えてしゃべる、食べ方を教えてもらっていろんなものを食べれるようになる。

こんな感じでたどり着くのがホームページ・ブログを書くという事。人間で言うと子供を経て大人へ成長し自分が言いたいこと、したいことを言葉なり行動で表現できるようになる。

こっからが本題。そのブログに書いてある内容。インターネット上では検索すればすぐに出る。難しい情報なんかは埋もれてるけど誰かがインターネット上にあげてれば必死で探せば見つかる。っていうのはインターネット上という目に見えない「虚空」に情報・知識が保管されているから(厳密にはサーバー)。

それが人間界にもあると言われてるのがアカシックレコード。インターネットという「虚空」にあたるのが宇宙で、情報・知識にあたるのが人間が経験した体験や意識の記憶の全て。だからアカシックレコードには何があるの?と聞かれれば、人間が太古から今まで生きてきた人もしくは宇宙・地球に存在する人間以外の動植物全てのこれらがあると言われてる。(未来の記憶もあるとも言われていてこれを聞ける、見える人が予言者とも言われてる)

人間の魂はアカシックレコードから赤ちゃんの体に宿り、様々な叡智や知恵を体験と記憶として保存すべくアカシックレコードへ戻っていくと言われている。インターネットの場合は自分でブログやホームページなどでアップロードしないとインターネット上に保管されないが、人間の場合は自動アップロードとも言われている。

じゃーなんで赤ちゃんは全ての叡智が備わって生まれてこないの?という疑問が生まれる。それに対する答えは「全部知ってたら新しい体験が無いから。」人間として生まれた目的はそのアカシックレコードに新たな記憶や意識を持って帰る為。やのに全部知って行ったら何も新しいことが生まれない。そしてアカシックレコードが求めてるのは生身の体で受けた経験からくる感情。嬉しい、悲しい、幸せ、絶望・・・その全て。その中でも求められるのがポジティブな感情。嬉しい、楽しい、優しい、暖かい、愛情、友情、感謝、誠実・・・・。アカシックレコードの成長のために人間という感情を感じることのできる体に魂としてやってくる。そしてそれを持って帰る為にポジティブ・ネガティブ両面の様々な体験が自分の身に起こる。そしてまた帰っていく。

そんなもんあるわけない!!

と一言でぶった切るもよし。あったところで自分には関係ないと思うもよし。ただ、漫画や映画なんかにこの感覚が出てくるものが意外にある。

漫画で言うとシャーマンキングやBLEACHにこういう概念がモロに出てくる。映画で有名なのがマトリックス。精神世界。もしくはインセプション。言えばもっと、もっといっぱいある。

漫画・映画・小説だけじゃなくて歌なんかにもよくある。もしくは歌ができた逸話に出てくる。よく作曲家・作詞家が、天から降りてくると表現する事がある。あれはアカシックレコードにつながった瞬間と言われてる。

でもほんまにあるならそのアカシックレコードにつながればいいやん!!ていう単純な意見が出てくる。簡単につながられへんからみんな苦労してる。なんでつながられへんか?パソコンを初めて使った人と同じ。繋がれる人からしたらやり方を知らないだけで誰でも繋がれるという。

現代は便利になりすぎて、教えてもらう与えられる事に慣れすぎてると言われてる。その結果なんでも教えてもらえないと出来ず、自分から何かを生み出す事が出来なくなってきてると言われてる。職場や周りの部下や友達の言い訳を思い返して欲しい。「そんな事教えてもらってない。」「どうやってやるんですか?」

初めて飛行機作った人は飛行機の設計図なんて今まで無かった。初めてパソコンを作った人は回路図なんて無かった。(これに関しては諸説あって、実は設計図なりを入手してたというのもあるけど今回は別の話)死に物狂いで何かを作り上げたい、成功させたいという思いから偉業は実現されると言われてる。普通の人にいきなり音楽の神からすごい歌詞が降りるんじゃなくて、毎日必死でいい詞を書こうと考え抜いてる時にふと降りてくる。笑いの神がおりてくるのもそう。普段必死でおもしろい事考えてるから降りてくる。運もあるかもしらん。

まずは自分で考える。試してみる。他にやったことがある人がおらんか探してみる。相談してみる。実践してみる。っていうのを繰り返してるうちに自然にできるようになる。不自然にいきなり出来たらただの天才。もしくはそれがその人の自然で才能。

このアカシックレコードには今までの人間の英知・知恵が詰まってると言われてる。そこに辿りつくには一生では無理かもしらん。それにたどり着いた時の景色が見て見たい。そのための道順はさっきの自然にできるようになる道順。

永遠のテーマ。生まれて死ぬ。死にかけた事あるか、身近な人が死ぬ時しかこんな事考えへん。仕事の事、恋愛の事、お金の事。もちろん考えなあかん事はいっぱいある。でもほんまに考えなあかん事は何かを考える時間も大事。仕事でやらかした時の言い訳とか処理。うまくいかん時の悩み。あとで振り返ったらなんであんなしょうもない事であんなに悩んでたんやろ?もちろんその時には重大な問題やったと思う。

でもほんまに悩むべきは自分の、そしてまわりの幸せのために悩むべきやと思う。その為に仕事で悩んでるのか、逆に仕事の為に自分が悩まされてるのか?自分から悩んでいけるように物事を考えていく。そのためには自分が何をしたいか。何を悩みたいか。

ちょっと重いテーマになってしまったけど(笑)もっと気楽に楽しい事をする人生を送ればいいと思う。アカシックレコードにポジティブな感情を持って帰れるように。それで周りの人が幸せで次の世代も幸せになれれば。