対立と意識レベル

意識という言葉にしばらく焦点を当ててみる。結局、意識の話の先に何があるのかを少しまとめたいと思う。

デヴィッド・R・ホーキンズ という精神科医がいる。

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わずか3歳で自我の存在に気づいたという精神科医の寵児。神秘体験を重ね、たどり着いたのが意識とは何かということ。

彼は「意識は測定できて、数値化できる。」として科学的に意識レベルを数値化した。段階ごとにその意識がどういった考えや感じ方をするかをまとめた。

まだ読めていないが、「power vs force」

 

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は興味深い本。

 

「批判からは何も生まれない」

という言葉をしばしば耳にする。この答えが彼の考え方に凝縮されているのではないかと思う。

 

すべてのものに意識レベルがある まとめnaver

 

人類史において、批判や対立が無い時代は無い。その理由は生きている人類の意識レベルが対立のレベルにいるから。もし、全員がマザーテレサ並みに慈愛の溢れる人々なら戦争は無い。もちろん人は違うから人である。が、彼は全員がマザーテレサ並みの意識レベルになれる可能性を秘めているという。

 

マザーテレサ以外にもガンジーやキング牧師などは決して対立も抵抗もしなかった。その先に何も生まれないと知っていたからである。それは教えられたわけでもなく、勉強したからでもない。ただそう感じて、その直感に従って頂けだけだと思う。

 

 

大事なのは批判や対立のその先にある話。そこで大切になるのが、善と悪とは人間が勝手に決めているという概念。この世にあるのは陰と陽で善と悪ではないという考え方。

 

人間は理性を保つために何かを善とし、何かを悪と決めつけたがる。それを上手く利用した者が成功しているのも事実。そのレベルから全員で脱出するタイミングが地球レベルで近づいてきている気がする。

 

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地震が起きて津波で多くの人が亡くなり、原発が爆発した。地震を起こした奴らが悪で、原発を作った東電が悪で、対処しない政府が悪だ!と被害者は言うかもしれない。

 

BESOもかけがえのない友人が津波により亡くなったので、居たたまれない気持ちでいっぱいである。だが、何かが悪なのだとしたら、地震を起こした奴らを止められなかった人たちが悪くて、原発建設を止められなかった人たちも悪くて、政府に対処させられない住人たちも悪である。と海外の人は考えるかもしれない。

 

つまり、悪いか善いかは見る人の立場でものすごく変わる。正義という言葉も同じかもしれない。普遍の意識で見ると、ただ地震が起きて、多くの人が死んで、人間が作った原発が爆発してそれにより二次被害がでているだけ。

 

誰が最初に悪という概念を生み出したかご存知だろうか?他でもない今や世界一の信教者数を誇るキリスト教だと言われている。

 

イエスはユダに銀貨30枚と交換で裏切られ処刑されたと言われている。そのユダを悪だと言い始めそれがキリスト教とユダヤ教の大きな対立につながった。

この辺は昔の記事を見て欲しい。

 

何が言いたいかと言うと、誰々が悪い、何々が悪い、というのは人にそう思って欲しい人が勝手にそう言っているだけ

 

腹の立つ上司の文句を言う。「あの上司は部下の事を何もわかっていない。」

出来の悪い部下の文句を言う。「今どきの悪い奴らは本当にどうしようもない。」

 

両方とも、聞いてもらった人に同意を求めるだけで、誰々が悪いと言って問題をその人に押し付けているにしかすぎない。問題が起きているならその問題の解決に向かわなければならない。

 

その上司も部下も悪いわけではない。ただ、そういう人なのだ。変わる可能性もあるし変わらない可能性もある。どちらにしろ、その問題を解決するために自分が何をするかが重要であると思う。

 

違う仕事を見つけるのか、問題を当人と共有して向き合うのか、もしくはそれが自分の鏡写しだと認識して自分の行動を見直すか。

 

方法はいくらでもある。しかし多くの人が、その人がありもしない悪だと勝手に決めつける。病気も同じ。特に現代は3人に1人がガンで死ぬと言われている。まるでガンが悪いように言われている。

 

誰がガンが悪いと決めつけたか考えたことがあるだろうか?

 

人は何かを悪いと考えると次の行動がわかりやすくなる。だいたいはその幻影の敵を倒そうとする。そのために要るものを買う。人なら武器、ガンなら薬。何にでも言える。もし、自分が武器商人なら敵がいない世の中は全く儲からない。もし薬商人ならガンで死ぬのが幸せと考えられたら薬が売れない。

 

わかりやすい例が9.11の同時多発テロ。テロが起きる。もちろん首謀者が悪い。遺族のためにも国を挙げて報復する。その為には国家レベルの攻撃が必要。そして戦争が始まる。

 

戦争しなければ武器商人は儲からない。戦争を生まなければ。生み続けなければ。

 

全く別物に見える武器と薬。作っている人は同じグループならどうだろう?

 

それは今までみてきた記事を見てもらえればわかると思う。

 

なぜこんな世界中を巻き込む事件が起きたかと考えると、人々の意識が生まれ変わるために起きたからではないかと思う。いつまでも、原発というリスクの高い物を置いておくなという警告かもしれない。

 

全ての出来事には意味があると言われている。事故も、出会いも、成功も、失敗も。

 

そろそろ、悪に向かって対立するのをやめる時がきた。陰と陽がただただあり、どちらも今の世に必要なもの。明日事故で死んだらそれまで。死ぬことが悪いと誰が決めたのだろう?誰も死んだことは無いのに。

 

そういう意味で言う。原発、TPP、農薬、環境破壊、情報統制、人々からの搾取・・・それらが悪いわけでは無い(もちろん善いわけでも無い。善悪じゃ無い)。

 

音楽を愛するアーティストはよくこういう。「全てのジャンルの音楽が好きだ。」

進撃の巨人 VS ワンピース Vol.3 〜俯瞰〜

Vol.2の続き

二つの漫画でたどり着く真実がアカシックレコードレコードという考察をネット上などで見る。シャーマンキングの終わりにもそういう節がある。ブリーチもそうと言えそう。ナルトもそう。ややもするとハンターハンターもそう。BESOも同じイメージを抱いている。

人々全員が全ての歴史を知り真実を知る。自由にピラミッドの無い世界を生きる。天は人の上に人を作らず横一列に手をつなぎ、輪を作る社会を築く事を目的とするのがこれらの漫画の思想の大きなポイントに感じる。

Vol.3で言いたい事は、一歩引いた目線からも作品を見てほしい。という事。漫画でも映画でも。

考え方として、なぜその作品が流行っているのか、その作品を見る事によって人々がどう思うのかという事を製作した側、もしくは製作させている側が考えているかという事。

そこでBESOが感じるのが、大きな事から目を逸らさせて、もっと小さな物に固執してほしいというメッセージが雑誌や映画の編集社を通して黒幕から臭っている。という事。

わざわざ記事に書きたいと思う程今まであげた作品に尊敬と感激がある。それだけではなく、さらにそこから編集社・製作社の目線で考えたいと思う。

様々な種類の映像や音声が身近になった現代。これを使わない手は無い。と、言わんばかりに多くの会社やビジネスマンがこれでもかという程、ソーシャルメディなどを媒体に映像や作品を発信している。もともとはその中枢、テレビ・新聞・雑誌・映画を握っている人々が昔から考えていた事。それが一人一人ができるようになった時代。多くの人々は自分の利益のためにそれを駆使しようとしている。セミナーの告知、商品の宣伝、活動の広報。もちろん自由の為に動いている人もいるが比率は少ないのも事実。

その究極とも言えることは人々の思想の掌握では無いと思う。全員に同じ思想を持ってほしい。そうすれば支配というものがいとも簡単になる。

世界でも日本でも様々な事件が起きている。人々が科学技術の進化を遂げて実現可能なことが増えた結果事件も多様性を広げている。銃が生まれれば今まで無かった銃殺事件が生まれる。原子力が解明されれば原発事故や原爆事件が起きる。

そうなればなるほど情報統制というのが課題になる。残虐な事件や不都合など隠さなければなら無いことがあまりにも増えすぎる。新技術の開発に非人道的な開発や研究は付き物になってしまっている。そうなった時に思想を掌握できていると情報統制はいとも簡単になる。

そして今回のテーマである漫画・雑誌・映画を一歩引いた目線で考えて見る。

これらによって人々がこう思ってほしい、こう考えてほしいという内容が少なからずあると思えてなら無い。

最近の世界の注目の一つは宇宙開発。映画は顕著にそれが現れている。BESOもSF映画ファンになりつつ作品を楽しんでいる。漫画の傾向としてはニューエイジ思想と言われるこれらの陰謀論や支配論。が、そこには大きな落とし穴が前にある気がしてならない。

大きな流れとして東洋の時代に差し掛かっていると思う。その時代への逆行や扇動があるのではないかと。最近の日本人はテレビの見過ぎやスマホのゲームし過ぎが過ぎると感じている。

あまりにも最近同じような物が溢れ過ぎている気がする。人には人それぞれ役割があると思う。会社でも社会でも。しかし、最近は同じ物を見て、同じ服を着て、同じ思想をし始めている気がする。その元にはこういった流行りすぎた漫画や映画というものが原因の一つになっている気がする。

もっともっと独自の感性を、自分なりのユニークな世界観を出していってほしい。自分もそうしていきたいと最近強く思う。

まさしく、嘘の歴史やメディアから自由を勝ち取った人々として、自分らしい人生を生きてほしい。ライフスタイルを自分なりに見つけていく戦いを漫画の主人公のように生きていかなければならないと思う。

今回は進撃の巨人とワンピースがあまりにも似すぎているという点で違和感を感じた。あなたにはあなたの感想や感じ方があると思う。それを大切にしてほしいと願う。

進撃の巨人 VS ワンピース Vol.2 〜相違点〜

Vol.1の続き

大きな相違点として大きな二つのテーマ。

「世界観」と「真実の先」

絶望がベースとして描かれている進撃の巨人。巨人達がいつ自分たちを侵略してくるかという恐怖を常に抱えながら生活している。その絶望の中、自由と幸福を求めギリギリの精神の中で戦う。

平穏がベースで特に生活に大きな不自由はない中、自由を求めて海へ飛び出した。もちろん海賊からの侵略には怯えながらというのはあるが巨人ほどの不気味さは無く、同じ人間としての恐怖。

この違いは実社会においての作者の捉え方の違いかと思う。

現実の実社会が絶望の中生きているという感覚が進撃の巨人の作者諌山氏にはあるんではないだろうか?この絶望の中、小さな日常を生きられる事を幸せと呼ぶのか?風が吹くだけで吹き飛んでしまう日常に幸せを求めていていいのか?という大きな疑問のメッセージを感じる。

あくまでもそれが普通であるという生活の中、そこに本当の自由は無いのでは無いかというイメージの尾田氏。革命を起こしたいという願望よりも本当の自由を掴み取りたいが為に戦うという様子。その障害に支配者層があるのでぶっ飛ばしてやる!というのが他の人々が考えていた革命とたまたま意見が合う。という様子。

絶望から這い上がる為の自由への必死さと、自分や周りの為の自由に自発的に戦う様。これが世界観のおおきな違いかと思う。

巨人の謎の先には、人類そのものの「悪」や「闇」が見え隠れする。全てを知った者があえて今の世界を作り上げた。つまり全てを知った上で人々が幸せに暮らすにはこの世界が最善だとしての判断。そこには一般人には計り知れ無い暴走性と「闇」がある故に支配される事を選んだように思える。

自由を勝ち取り、全てを知った先代海賊王。病の縁ということもあり世界を変えるよりも次の海賊王に決断を委ねる。この時点ではその真実が「闇」なのか、「光」なのかは推測できない。

今を生きる人々が現代社会を絶望と捉えているか、あくまでもそれが普通で、さらなる自由を求めて戦うのか?もちろん両作者ともこのメッセージが強くあり、戦おうぜと言っているような気がする。

その先に二人の作者を選んださらなる上の層の話をVol.3でしたいと思う。

進撃の巨人 VS ワンピース Vol.1 〜共通点〜

名作と凡作の違い。

それは一言では言い表せないかもしれないし、一人の人間が決めるものでもないかもしれない。そもそも名作と凡作に分ける必要がない。

という事もこの作品の主張かもしれない。

作品を観るときの楽しみ方は人それぞれで自由。BESOの場合はその作者がどんなメッセージを作品に詰め込んでいるか、こういうメッセージを感じ取ってくれ!という思いを探りながら見る。

そしてどこか似ている作品や同じ主張の他の作品と照らし合わせるのも癖かもしれない。この漫画がワンピースに非常に似ているという事を感じた。

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名作と言われるこの二つ。共通点と似ていながらテイストが違うという点に今回は焦点を当ててみたい。

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ここからは完全なBESOの作品に対しての独自の視点での記述。

まず共通点は大きな二つのテーマ。

「支配」と「歴史」

進撃の巨人では巨人からの迫害を受けながらも、王政が巨大な壁を築いて巨人から守り、人々を導いている。壁の内部で警察のような存在である憲兵。壁の外部から侵略する巨人と戦い外部を調査する調査兵団。王政が統治する武力組織。ストーリーが進むにつれ実はそれが王政の極端な支配であったという「闇」が判明する。主人公達はその王政にクーデターを起こす。

ワンピースでは世界政府という組織が全世界を統治している。海軍はその右腕として人々を守りながら、世界各地で略奪や侵略を繰り広げる海賊と戦う。しかし、同じようにその世界政府の「闇」が明るみに出はじめる。主人公達はその世界政府と海軍に真っ向から戦いを挑む。

その「闇」の大きな部分は隠された100年という歴史。一言で言うと勝てば官軍。その歴史がどういうものであるかというのは、支配者が仮に赤だと言えば黒であっても赤に塗り替えられてしまう。しかし、万物の絶対のルールとして絶対は無い。嘘の一欠片一欠片が徐々に漏れはじめる。

だが、その嘘がバレないように、またバレればもみ消すという作業を繰り返し、自分達の保身の為に虐殺や文化遺産の隠滅など非人道的な行為を続ける。

支配と自由。嘘の歴史と真実の現実。というのが2つの作品においての重要なテーマ。

壁の外に出て広大な土地で、自然豊かな土地で暮らしてみたいという自由に向かって巨人や王政と戦う。一方、世界政府の圧倒的な支配に挑み、誰よりも自由な人間として海賊を目指す。その自由の前にある立ち向かうべき壁の一つに隠された歴史があるという構造。

ここまでは共通点として、逆にVol.2で相違点を見ていこうと思う。

私は宇宙人

普段の生活でいろんな声や音が耳に入って来る。

その中で現代人は何が必要で何について考えなければならないかを
見極めなければならない。

ベソが今必死で耳を傾け、何がそこまで人を引きつけるのか非常に興味のある事。
それが宇宙。

ふと出会った一つのKindle本。
自身で電子書籍を出したのが大きくいろんな電子書籍に目を通すようになり、
本屋に売っている本より多様性もあり、ジャンルや既得権益にまみれていない
良い本に出会える事が多くなった。

そんな中で紹介したいのがこの本。

「私は宇宙人」

私は宇宙人私は宇宙人
(2013/06/04)
ティアラン

商品詳細を見る
私は宇宙人だと突拍子も無い事を言い張る40代東京出身の女性。
周りの白い目や怪しまれる事を恐れずに自分の信じた道を行く力強い
女性のstory of life.

一見ただのオカルト本。
でも中を見てみればなるほどなるほどとどんどん引き込まれて行った。

もちろん書いている人は自分や周りの人と変わらない、
東京生まれ東京育ちの40代女性。
様々な経験からある神掛かった経験を経て人間本来の
能力に目覚める。
能力は様々でその一つが自動書記と呼ばれる何者かが乗り移ったように
ノートに文字をただただ勝手に腕が動く。
しかし自分では何が書いているか読めない。
読み返してみるとそこに書いているのは自分の前世の話であった。

そんな経験を重ね、前世から現世へ生まれた意味。
この地球で今、生を全うしている意味を見つめ直し
それを伝えるためにKindleにし世の人に少しでも伝えようとしている。

さらにその不思議な本に疑問を持った人に対してQ&Aサイトまで作ってくれているので
何を言うてんねん、アホちゃうかと思った人は怖いもの見たさにまず読んでみて欲しいと思う。

ベソが興味を持った宇宙について少し知れた一つの本。

「時代」と「本物」

あの時はよかったなー。時代がよかったなー。
なんていう事を聞く事も有れば
逆に今の時代の子はかわいそうやとかいろいろある。

好きなアーティストのRHYMESETRの「GOOD OLD DAYS」の始まりはこんな感じ

 もう2度とは来ねえんだろうなあんな時代は
 まあわかりっこねえんだろうなアンタ達みたいな
 ハナから恵まれ過ぎちゃってる若い世代だと
 当時みたいな熱気は、やっぱ取り戻せねーんだろうな

        ・
        ・
        ・

結論から言うと今の時代、特に日本は恵まれてる。
明日の食べ物が無くなる事は無く、
今日泊まる家が無い、
なんて事はそうそう無い。
ホームレスやネカフェ難民なんていうのも
本気でそうならない努力をすれば何か
別の方法があったであろうと思う。

ネットが普及して図書館で調べ物をする事も無く
知りたい情報をすぐ手に入れられる。
行きたい所にも物理的にはほぼ行ける

逆に恵まれ過ぎて本物が生まれない。
と言う、ビートたけし

たけしの本で「超思考」っていう本が有る。

 『演芸はしょせん演芸であって、毎日見ているという
  わけにはいかない。野球は毎日見ても興奮するけれど、
  漫才は毎日見ていたら飽きられる。
  飽きられるのが俺たち芸人の宿命なのだ。
  だから飽きられないように、いつも新しいネタを
  作り続けなきゃいけない。
  案の定ネタを作らなかった連中はどんどん消えていった。
  紳介なんかはうまいこと司会に転じたけれど他の漫才師は
  売れたという事で喜んで、ネタを作らなくなって、
  それで終わってしまった。』

 『小手先の技術はものすごく進歩したけれど、
  人間そのものは何千年もちっとも変わっていない。
  何を旨いと感じ、何に感動し、何に怒り、何に泣くのか。
  そういう部分は、千年前の人間も今の人間もおそらく
  ほとんど変わりが無い。
  
  そう考えると、本物とツクリモノの違いは、その変わらない
  部分に訴えるのか、それともどんどん進歩する小手先の技術に
  アピールするのかの違いということになるのかもしれない。』

 『お笑いが世の主流になったお陰で、お笑いが万人受けする、
  それこそ女子供でも笑える程度のつまらないものになった。
  今やお湯を注いで3分で出来上がりの、ジャンクフードの
  お笑いが全盛だ。2分で客を笑わせるような芸ばっかり磨いている。
  磨くなんて上等なものではない。ほとんど宴会芸だ。

  若い芸人にしてみれば、そういう舞台しか無いのだ。
  利口な大人達が、そういう場を作って、何の事はない
  カップ麺方式でお笑い芸人を作っているわけだ。
  促成栽培で芸人を作って、安いギャラで使って、
  高いギャラを取るようになる前に、使い捨てるのが
  いちばん効率が良いに決まっている。
  そういう全体の流れの中で、お笑いというものから
  毒気と牙が抜かれて、単につまらなくなっただけでなくて、
  お笑いの意味そのものも失われつつあるということなのだ。』

科学技術が進んだ。それによって不便の無い暮らしがより普及した。
その反面で失われたものの一つが「本物」という概念。
使えればそれでいい。味や趣、風情なんかより実際の価値。
魅力や人に訴えかける響きなんかより金銭の問題。

いつからそうなったのかはわからんけど、価値がいつのまにか
全て金で決められてる気がする。

もっと「本物」を見て・聞いて・感じて見つめ直して欲しい。
それが何なのかは人によって違うけどたけしの言葉を借りるなら
人が『何を旨いと感じ、何に感動し、何に怒り、何に泣くのか。』
という部分。

「本物」についてもっともっと考えて行きたい。

プルートゥ

プルートゥ。元々の由来は神話の冥界の王ハーデス。
ワンピース好きにわかりやすく言うと「プルトン」

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つまり意味的には冥界の王ほどの破壊力を持つ存在。

この漫画のすごいと思うポイント。もちろんベソの主観。

・イラク戦争への批判
・「核」「ロボット」「科学の盲信」に対しての警鐘
・主人公の切り替わりが絶妙
・世界の裏社会へ提言
・人間の究極の葛藤「愛と憎しみ」
・手塚治虫への敬意

とこんな感じの思ったポイントが上がった。初めて浦沢直樹を知ったのは「モンスター」。

天才脳外科医のドクター天馬(プルートゥ読んで初めて知ったけど名前の由来はアトム)はドイツの大病院で派閥争いに巻き込まれる。しかし、そんな政治家のような医療業界に嫌気がさし、上の命令に逆らい指示とは違う大手術を優先して行う。その手術が物語の始まりで、その患者は脳に弾丸を受けた10才前後の双子の兄。通常即死であるだろうが、ドクター天馬の奇跡的な施術で一命を取り留める。その双子の兄ヨハネこそがまさにモンスターで、少年とは思えない頭脳と非情さと残忍さを持っていた。その後大人へと成長したヨハネは自分を育てた里親を全て殺し神のような存在になろうとしていた。

そのヨハネを追うのが「モンスター」のあらすじ。もちろんこんなけでは面白さは伝えきれへんけど、発想・感覚・ストーリー・感情の裏側、なんかの微妙な部分がものすごくリアルに伝わる漫画。そしてそれが、人間の怖さにつながるところ、最終的には社会の強大な裏組織にもつながるところにおもしろさを感じた。

この衝撃が再び「プルートゥ」にあった。そして普段ベソが考えてる事の重要な部分を訴えてくれてるものがあった。

人間の思考の行き着く先である一つに究極の存在がある。それは人によってもちろん違うけど重なる部分がある。その一つが「最強」。権力や破壊的なパワーの意味での最強。それを科学の力で成し遂げようとしてきたのが、20世紀21世紀の現代。「核」「ウィルス」「HAARP」「反陽子」・・・その先にあるのが破滅。それを何人もの人物が警鐘を鳴らし続けてきた。エジソンがその代表格であり、この原作の「鉄腕アトム」もそう。

その反面人間が誰もが持っていたいと思うものもある。「安全」や「保身」。自分は、もしくは自分と自分の家族だけは安全に暮らして、守っていきたいと。そういった心の好きにうまく忍び込み誘導するのが宗教であったり裏組織である。これにも出てくるKR団という組織はKKKをモチーフに描かれている。日本人には馴染みの少ない言葉かもしれへんけど世界的に超有名な白人主義団体の巨大組織。もちろん悪いこともいっぱいしてる。その集団の指示に悪いと知りながら従っていたアドルフ・ハースという登場人物の顛末がいい例。最終的にはトカゲの尻尾となり家族共々命を狙われる。しかし、自分と家族が大事だからこそ指示に従っていたのも人間らしさの表れである。

最終的にはロボットが高度になりすぎて人間には制御の範囲内で動かせなくなる。それを突き破るには偏った感情をロボットに注ぎ込まなければなくなる。そこで「愛」を入れればどうなっていたのか個人的には見てみたい。がもちろん入れられたのは「憎しみ」。制御しきれなくなったロボットはいよいよ地球破壊に行き着く。アトムも一度死んで(壊れて)しまうが再び、「憎しみ」を注がれて復活する。しかし、そこにはアトムの心優しい「愛」の気持ちがそれに打ち勝ち、プルートゥの暴走を止める。

設定の舞台はアメリカがイラク戦争を起こした後の世界。なくならない戦争のなか、新型兵器やウィルス兵器などが開発されていく。「20世紀少年」も興味深い作品。映画化もされた人気作。逆にこれはタイミングなくてまだ読んでない笑。
これこそ、プロビデンスの目のシンボルがテーマのモロ秘密結社の漫画。やから相当深さはあると思うけどなぜかタイミングが無かった笑

これも細菌兵器や意味わからん宗教なんかが盛りだくさんの社会派漫画。是非浦沢ワールドをみなさんに楽しんでほしい。

ジョージ・オーウェル George Orwell

読まれるべき本こそ読まれていないという話が多くある。

読まれるということだけに限らず、音楽・科学・映画・哲学・ファッション、どの分野においても。

ジョージ・オーウェルという作家がいた。

ひとまず彼の生涯を。wikipediaに載ってる内容でこのページに飛べば特にここに書く必要も無いが調べて読む時間が無い人の為にちょっとだけまとめてとりあえず書くことに。

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1903年にイギリス植民地時代のインドに生まれる。1歳の時に父を除く母親と姉と妹とイギリスへ渡る。学校では優秀な成績だったが、反抗的な態度から一部の教授からは厳しい成績を付けられていた。学生時代に後に有名になる知識人たちと知り合っていたのも人生の中では大きかった。

1922年に母親の母国ビルマへ渡る(ビルマの定義は今は無視する)。インド警察の訓練所に入所し5年間勤務。しかし、帝国主義という思想の警官の仕事を激しく嫌い退職しイギリスへ帰る。最底辺生活者の生活に密着したルポ作品を描く作家を目指し始める。1928年から1929年は筆をとりながら皿を洗ってパリで暮らすちおう時期だった。1930年から1931年は再びイギリスのロンドンで浮浪者に混じって放浪する。1933年処女作「パリ・ロンドン放浪記」を刊行する。

1936年にはスペインへ渡り内戦する両軍の思想のぶつかりに奮い立たされアラゴン戦線分遣隊として参戦する。共産党軍のスターリンの思想に反抗するが、戦場の前線で喉に貫通銃弾を受け致命傷を負う。共産党軍の弾圧も激しくなり追われるようにフランスへ。

1938年スペイン内戦の体験を描いた「カタルニア讃歌」を刊行。初版1500部の内900部が売れる。

1950年にこの世を去る。晩年に彼の作家としての才能は開花し名声も手にする。第二次世界大戦が始まるとイギリス陸軍に志願。しかしそれは叶わずホームガードの軍曹として活動。1941年にはBBCに入社し東南アジア向けの宣伝番組などを作成。

1945年、寓話小説「動物農場」を刊行。世俗的な名声と莫大な収入を得る。しかし1947年結核を患う。構想中であった「1984年」の執筆と療養を兼ね父親の母国スコットランドの孤島ジュラの農場へ篭る。治療に適した場所でなかったのもあり本土へ帰り入院生活を送る。しかし積極的な治療を拒否し再びスコットランドの孤島へ。1949年に「1984年」を書き終え1950年ロンドンで息を引き取る。

引用元 : https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョージ・オーウェル

引用終わり

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ジュージ・オーウェルの人生を書き連ねた。
この人生を知って欲しかったのではなく、この人生を送った最後に書き上げた「1984年」という作品を知って欲しいから描いた。

「1984年」はその後様々な分野の人々に多大な影響を与えた。その本に書かれた世界はディストピアと呼ばれる暗黒郷もしくは絶望郷という世界。完全管理され監視される世界が常識となっている日常の毎日。ディストピアという言葉を生み出し支配される社会に大きな波紋を起こす一つの石を投げ込んだ。

その作品に描かれた登場物が現在でも色濃く生き続けている。「ニュースピーク」と呼ばれる当時の英語を元にオーウェルが創作した造語は現在の社会問題を批判する上で比喩として使われ、ディストピアを危険視する人々の総称を「オーウェリアン」と呼ぶ。

「動物農園」では寓話として動物たちが言葉と知恵をもちそれぞれの役割を果たし人間に反逆を始める。しかし、人間も動物も同じで誰かが全体を支配し始め再び反逆が起きる。支配のために新しいルールを作り、古いルールを自分の都合のいいように変え、架空の敵を生み出し全体の思想を操ろうとする。

この支配と自由の元になっているのが思想であり言葉である。2つの武器で自由を取り返す。しかしそれは相手も使う武器。それを相手に主導権をいかに握られているかという世の中を嘆いている。

是非この世界観を知って欲しい。作品の詳細はまた追って書こうと思う。まずはこういう人物がいたということだけでも知ってもらいたい。

There are many stories that a book is supposed to be read hasn’t read.

Not only being read as a book, also songs/science/movies/philosophy and so on.

There was a author George Orwell.

His life was that. You can see in the wikipedia if you want and clickthis page wikipedia.

I wanna tell you about the book「Nineteen eighty four」. Not wanna tell you how he spent his life.

The book inspired many people in any other fields too. In this book, the world is Dystopia which is under the control all things by a goverment. Totally government dominate and keep watch on people. He throw a stone to the real world to resist that kind of problem we have.

The word and idea coming on this book live in real would still now.Called「newspeak」he created word is used when people criticise social problem as a metaphor. And people who regard dystopia as a dangerous are called Orwellian.

「animal farm」is also having deeply philosophy. Always somebody wants to get control if main character is animal. And evolution is coming. Repeat this two things on and on. Make a new rule, change the rule only for themselves, make a phantom enemy to get initiative for managing people mind.

Control and freedom. The key is idea and word. I think he wanted to say. Keep two keys for living life with happiness.

THE COIN

2015/7/21
文庫本書籍を無事刊行する事が出来ました。

「THE COIN」 BESO

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Story

高校生3年生のササガワは夏休みの始まりに不思議な塾に出会う。そこでは学校で教えてくれない裏の話など、常識とは逆の事を教えていた。何が真実なのか、何を信じて生きていけばいいのか一度自分の軸を見失う。

程なくして次の進路を決めなければいけないササガワ。そこで一つの答えを出したササガワが進む人生とは・・・?

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アメリカへ留学したのが5年半程前。経験したことや感じたことなどを何か形に残るものをということで、ブログを真剣に書き始める。それが「おもちゃブログ」。子供がおもちゃを手にした時のあの高揚感、ワクワク感。そんな楽しさの詰まったブログにしたいと思った。

そのブログに見ず知らずの人から真剣なコメントをもらう。いつも読んでいて、とても共感しますと。そしてNYという街の刺激もあり、真剣に作家になることを決意し帰国。それが4年半程前。

やっと一つの本が形となって現れた。4年半もかかったと遅く感じるが、この4年半があったおかげでこの「THE COIN」が生まれたのも事実。当時書きたいと思ったことからは大きく違う内容にもなっている。その頃は想像もしなかった事を書いてる。もちろんこの期間に知識を広げ、考え方・哲学も見直したり、生き方そのものを考える事がいっぱいあったという背景もある。

でもその中心の軸にある気持ちは変わっていない。日本人にもっと知ってもらいたい、考えてもらいたい、感じてもらいたい事を書いて伝えるという事。どんな内容かは読んでもらえれば伝わると思う。今出来るベストをこの本に尽くす。それだけ。

作家としては2年前の7/30に電子書籍「Rhyfe Ster」を発売。しかし、反響は無く終わってしまった。今振り返れば反省点ばっかり。でもその結果が今に生きてる。その初めての作品の表紙を作ってくれたBrother達、買ってくれた人達、インタビューさせてくれた人達、宣伝してくれた人達。その全てに支えられて今のBESOがいる。遅すぎた書籍1冊目。でも今でよかった。

この本はもちろん老若男女全ての人に読んでほしい。中でも高校生が主人公だけあって、その未来を担い、まだ思考に柔軟性の残る若い世代に特に読んでほしい。さらに言うとその世代に多く触れる親や教育の現場の人達に。

この本を書き上げるにあたって、人生にはどんな天才が考えても生み出せないシナリオが待っている気がした。それぞれの人にそれぞれのシナリオが。喜劇も悲劇も含め。

そんな中、特別にこの本を読んでほしい人がいる。家族を含めお世話になった人など。しかしその中にこの本が届かないという悲しくも運命の儚さを感じる話がある。

例えば料理人が、ある人の好きな料理をおいしく作るために修行に行ったのに、帰ってきたらその人はもういない。というような話。人生のおもしろさ。正しく現実は小説よりも奇なり。

こんな言葉がある。

「親孝行 したい時には 親は無し。」

時間とは返って来ないもので、失くしてしまったものも返ってこない。失くしてから気付くのが人生。その気付いた大切な物を大切にし豊かな人生を送る事が大事だと痛み・苦しみを身を以て教えれらる。

いろんな思いがありながらも完成し、無事刊行できた事に感謝しかありません。

是非手にとって読んで頂けたらと思います。

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2015年7月21日
BESO