2018 BBFW 南紀奈良御礼参り

BBFWの毎年の恒例行事、南紀御礼参り。
今回はそれに加えて天河、三輪も併せて。
階段駆け上がりに山登りと肉体的にはハードだった今回。

綺麗な空気感を少しでも伝えられたらと思います。

神倉神社

まずは清めから。
神道においての、つまり日本古来の文化の始まりは「清め祓う」事。

これまた日本有数の、巨石スポット神倉(かみくら)神社で清めから始まる。

本来、神武天皇が東征して日向から大和へ訪れた時に、大和を治めていたニギハヤヒと落ち合った場所。

ここが選ばれた理由は行けば分かる。
この巨石、空気感、景色。
どれをとっても気持ちのいい場所。

もちろん聖地聖域として祀られ続け、熊野の元本宮とも言われている。

ただし、その巨石までは駐車場から500段以上の石段。
しかも角度は急で、油断するとそのまま転がり落ちそうになる。
そんな大冒険の末、待っている世界は一見の価値あり。

熊野速玉大社

そんな厳粛な岩倉神社。
でも高過ぎてみんなが簡単に行けない。
という理由から、そのふもとを降りた空気感の恩恵を受けた辺りに建てられた、熊野の総本山。

日本そして神道の伝統の考え方に「一霊四魂」というものがある。

直霊(なおひ)、荒魂(あらみたま)、和霊(にぎみたま)、奇魂(くしみたま)、幸霊(さちみたま)》

人には、軸となる【直霊】が中心にあり、4つの魂がそれと共にその人物を形成している。

その軸となる【直霊】守りというお守りがこの速玉大社で有難くも売られている。
日本人として、大切にしたいものが詰まっているような気がしてならない。

玉置神社

これまた、山の上に佇む神社。
標高1000m付近に鎮座し、「呼ばれなければ行けない」と言われる神社のヒトツ。

なぜ、呼ばれなければ行けないのか?
単純に山奥という理由も一つある。今でこそ、道路も整備され、車で入口の鳥居までは行ける。

では、数十年前まではどうだっただろう?そして、そんな山奥を誰が訪れれるだろう?まさしく、行く意味があり、目的があり、熱意・情熱が無ければ、辿り着けない修験場、という言い方も出来る。

それが、現代にも引き継がれ、大雨や大雪、道路の封鎖など物理的に行けない理由や、都合が急に悪くなる、体調が急に悪くなるなどの理由もよく聞く。

ともあれ、たどり着いた我々(このFWで行けないという事自体がほぼ無いけれど)。本殿までも少し登り、奥の院にあたる、結界が張られている岩と大樹へとまた登る。

その登っている道中、本殿の辺りから法螺貝が。聴いたことがある方は分かると思うが、腹の底からパワーが湧き上がる感じの音。距離も少し離れ、木々に遮られながらもしっかりと腹まで届くあの音は本当に不思議な神楽器。

そこで、浄化とパワーの吸収。澄み切った空気に清らかな山の音。心も身体も癒される。不思議なことに気温は肌寒い秋の模様。しかし、何故か心はほっこりとあったかい。何かに包まれる、温められている感覚のなか、無事下山する。

天河大弁財天

これまた呼ばれないと行けない所の一つ。
こちらも山奥。

天川村という人里離れた山村の麓800mほどにある。無事にたどり着き、とは言え今回はまさかの途中通行止めがあり、まさか呼ばれていない。という空気が流れたが日が暮れる前の5時過ぎに到着。

到着すると、人はほとんどいなかったが、先客がお一人。少し立ち話をすると、最近宮島に行ってえらく気に入ったらしく、たまたま我々クルーが広島出身が多く、レンタカーのマイクロバスも広島ナンバーで意気投合。

まさかのマイ法螺貝を車に取りに行ってくれ、歓迎の演奏。自分で法螺貝を持っている一般の人は一体どれぐらいいるんだろう?と不思議な疑問が浮かんだが、ここでも腹の芯に響くありがたい音色。しかも目の前で。

しかし、順調かと思えば、5時で社務所は閉まるということで片付けが終わっていた。が、優しい巫女さんたちが片付けた後にも関わらず開けてくれた。ここでは五十鈴(いすず)と呼ばれる特殊な形の鈴がある。

宮司さんが神事をする時の物は30万円もする。そんなものは買えず、2500円の小さいお守りの五十鈴を拝受。

天河では不思議な岩が祀られている。不思議たる由縁はやってきたのが宇宙から。つまり隕石が祀られている。

最近の宇宙の研究でもいろいろな事が判明していて、隕石には地球上には無い成分や性質がある。そんな何かあると言わんばかりに、手を近づけると、何かを感じる。暖かさ、と同時に冷ややかさ。

ともあれ、無事に1日目が終わり、南紀と天河の呼ばれているかどうかツアーが半分終了。

2日目は、春日大社と大神神社。何を隠そう、
大神神社はBESOが神社巡りにハマったきっかけの神社。

何が魅力かと聞かれると、行く度にまた行きたいと思う心地よさ。それは行かなければ分からないから、文字を書きながら辛さを感じる。あえて言葉にするなら、彦星と織姫のような永遠の憧れの恋人。

いや、それもおかしな表現でやっぱり行かないと分からない。ので、興味がある方は是非。と言っても、大神神社もまた、呼ばれないと行けないシリーズの一つ。

要は、大概の山奥の神社は呼ばれないと行けないという話笑。

では2日目をお楽しみに。

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