当たり前シリーズ Vol.1. 時間の当たり前

BESO塾

テーマは「当たり前」シリーズ

「これは生きていく上で1番大事な事だ」と、この記事を読み終えた時に納得してもらえると思う。もちろんシェアしてもらって構わない。

ただ、あくまでも「当たり前の話」。いかに当たり前が目の前から消えてしまっているかを暴こうと思う。

 

「時間の当たり前」

時間についての当たり前がこの記事の中でも1番大切かもしれない。と言うのは、時間は有限である、という当たり前がいつのまにか薄くなっているからだ。

物が溢れる社会になった。高級であった、メロンは中流家庭では食べられるようになった。

「メロンを食べることが出来る」時間の重みは軽くなった。

「どこか遠くへ行く」時間の重みは軽くなった。

「100歳まで生きる」可能性が多くなった分、1歳の重みは軽くなった。

時間の重みが軽いとはどういう状況だろう?それは知ってか知らずか、分割されているんだと思う。

ヒントは余命1ヶ月の花嫁にある。この記事を読んでいるあなたは、あと1ヶ月以上生きると無意識に思っている。しかし、この早嫁や、考えられないスピードで何かをしている人は、そう思っていない。だから1ヶ月の重みが違う。

世間の結婚式は半年ほど準備する。しかし花嫁に半年も待つ時間は無い。ではあなたの理想や成功はどうだろう?半年待つ時間はあるだろうか?

つまり、1ヶ月、1週間、1日、1時間の重みが違う。その理由は、有限だから。成功者は知っているのだ。時間は限られていると。だから、大切に過ごす。重みを感じながら。

というわけで

今回は「時間の当たり前」について。これからシリーズ化してどんどんどんどん当たり前を掘り下げていこうと思う。その先に何が待っているか?全員の当たり前の感覚がハイレベルになり、ハイレベルが当たり前の世の中になり、しょうもないことが起きない世の中になる。

というのがゴール。そこに、BESOが生きている間にたどり着けるか怪しくなって来たのでブログを再開する事にした。

ゴールはみんなの当たり前が、ハイレベルになる事。もちろん自分自身も含めて。

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