「表現シリーズ」 本の出し方 vol.2 〜想いが形になる〜

では、一つずつ掘り下げていきたいと思います。

まず、一つ目の 1、書きたい想いをまとめる という事。

何事においても表現したい人は、必ず伝えたい想いがあります。そこをしっかりと把握しない事には本にしろ、別の表現にしろ、形は生まれない。

 

想いが形になる

言い換えると、全ての物は想いが先であるという事。

「想いがあり、それが具現化した物が形」

全て目に見えるものは、である。それは命ある存在も含めて。人、動、植、それらは生き。この日本語の仕組みに気付いた時に、一つの提案というか発想が浮かびました。という認識を変えなければ、と。

と単語として言葉で聞くと、ただの物体として温かみが無く感情はあまり湧きません。しかし、先ほどの話をベースに考えてみると全てのにストーリーが隠されていのでは無いか、という想いが浮かびました。

生き物なら先祖からの血縁の流れ。植物なら種子から実、そしてまた種子へと。ではそれ以外の物にはどんな流れがあるだろう?それが想いなのだと。

飛行機にはライト兄弟の。電球にはエジソンの。iphoneにはジョブズの。と辿っていけば全ての物に作った人の想いが宿されて形になっている。

当たり前の話かもしれないが、これが非常に薄れてしまっているのが現代。なぜなら物が溢れているから、いちいちそれぞれの物の想いを汲み取っていると日々の早い生活に追いつかない。

例えば100円均一の一つのコップに「どんな想いが込められているだろう?」と思う人はそういない。しかし、それが有名な作家さんが作ったコップなら、その想いに着目する。

その差は何だろう?恐らくそれは想いの質だったり密度だと思う。本は言い換えればただの文字が並んでいるだけの紙の束でしか無い。その紙の束にどれだけの想いや熱量を注ぎこめるかが重要になってくる。

では振り返って、「あなたが本を出したい」という想いに着目したい。

なぜ本を出したいのか?
誰に伝えたいのか?
何を伝えたいのか?
どのような方法で伝えたいのか?

想いの熱量が行動に変わる

その想いが形になったものが本です。それが形になるかどうか?それはその想いの熱量の高さが一定の基準を超えた時に形になります。

一定の基準とは行動です。とりあえず、下書きを書いてみる。人に見せる。出版社に持っていく。その基準の前に立ちはだかるのが恥じらいや劣等感、自分には書けないと思う思い込みです。

BESOは元々いわゆる本を読まない若者でした。しかし、近しい人が何の後ろ盾もなく本を出しました。その人も本はよく読まないと言っていました。しかし、内容は心に響く作品です。その話を聞いた時、自分には書けないという思い込みがなくなりました。あとは伝えたいことをまとめるだけ、という流れになりました。

ですので、今回のテーマである「想いが先」というところが非常に大事です。形にならない、つまり本にできないと思っている限り一生本は書けません。そして本を書いている作家さんの多くは、恐らく最初は本を書くつもりなんてなかったと思います。そこに何かしらの出来事から、書きたいという想いが強くなって本を出していると思います。

自分の中の本を出したい、伝えたい、という想いが起きれば、次は一定の基準を超えるという事に意識しましょう。その基準となるバーを見つめれば、本は一挙に近づきます。

いかに世の中が不況でも好景気でも、戦争があっても無かっても、お金があっても無かっても、出来る事は想いが形になるという法則は変わりません。そして、その間に行動という基準がある事も変わりません。

当たり前の話をしていますが、世の中は当たり前で動いています。いかに自分が当たり前から外れているかを意識する事から、本が出るかが決まるのだと思います。

※このシリーズの他の記事

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「表現シリーズ」 本の作り方 vol.3 〜構成は腕の見せ所〜

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